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TAR/ターのellieのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
3.8
リディア・ターという天才指揮者が実在するのかと思うほどケイト・ブランシェットがすごかった。彼女にあて書きしたというだけあってケイトの知性、愉悦、気迫、孤高、狂気、傲慢エトセトラ、役者としてのあらゆる彼女を堪能することが出来る。

淡々とした構成が続き、ほぼ説明せず次へ次へと向かう演出がなんとなくホラー味があり不穏さがハンパない。特に序盤何度か映る女性の後ろ姿(だけ)、扉の向こうで鳴るメトロノーム、いなくなった秘書の部屋に残された棄てられた紙片たち、暴漢に襲われたというのに相手がいなかったこと、全部怖い。

アコーディオンを弾きながら大家への皮肉を間延びした声で歌いあげるケイトが最高にいい。ブルージャスミンでもだいぶ切れ気味の役をかっ飛ばしてくれた彼女だけど、こちらは知性で野望の頂点に登り詰めた天才だけにド迫力。

そんな彼女が落ちに落ちたあと実家にあったテープで音楽の素晴らしさを思い出し涙するシーン、あれがこの映画の真骨頂かもしれない。最近やっと白日のもとにさらされるようになった業界の深刻なハラスメント問題を下地においても、才能の世界の頂点に君臨する人間がみな必ずしもその驕りで滑落するとは限らない理不尽な世界のなかで、もしかすると女性であるがゆえに激しく蹴落とされたかもしれない彼女が、ほんとうの音楽というものに目覚める瞬間があのような状況であることが皮肉でもあり僥倖でもあるような奇妙な気持ちがした。
それゆえに、冒頭で「多様性という言葉を私は嫌いだ」と豪語していた彼女が、異国のコスプレイベントの、まさに多様性に満ちた音楽(かつては彼女が嫌悪していたであろう世界)を堂々と指揮する姿になんとも言えない感慨が沸き上がる。秀逸。
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