うめ

ケイコ 目を澄ませてのうめのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
3.9
三宅唱監督は「きみの鳥はうたえる」よりも
「やくたたず」と「playback」が好きだ。
この作品からは僕が好きな
初期の作品の空気感が伝わってくる。

近年、障害がある人や
LGBTQ+をテーマにしたドラマや映画が、
堰を切ったようにあふれている。
だが、この作品は同一線上には存在しない。
他者と交われない、居場所のない、
自分を表現できない人間のひとりとして
主人公は「ろう」なのだ。

僕らは健常者という負い目や
障害に対する無知を重荷に感じることなく、
主人公に自分を投影できてしまうのは、
監督の腕はもとより、
岸井ゆきのという極めて珍しい
内面を演じることができる女優が生んだ
奇跡である。

三宅監督は特別な世界を取り上げない。
まるで自分か、自分のまわりのどこかで
普通に起きていそうなことを
静かに気づかせる。
そして、見終わったとき、
僕らは何かが変わる。

けっして劇的ではなく、
じわじわ音もなく染み込むように入れ替わる。
それがなぜなのかはわからない。

それにしても、
こんなに澄み切ったエンドロールの映像を
僕は久しく見た覚えがない。

普段はまったく気がつかない環境の音に
耳を澄ますことができる。
聴こえていないのではなく、
意識して聞いていないだけなのだと気づく。
恐ろしく秀逸なエンディングである。
うめ

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