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オードリー・ヘプバーンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

オードリー・ヘプバーン(2020年製作の映画)
3.7
 没後30年あまりを経過した今もなお、彼女の死は色褪せないばかりか、かえって存在感を増しているように思える。そんな女優はおそらく世界に彼女しかいない。生きていれば90歳を超えていたはずの彼女が死んで四半世紀が経過した今、生前残された彼女の映像は大袈裟ではなく「神話的」に見える。オードリー・ヘプバーン。誰もがその名前を知る人物ながら、名前から彼女のルーツとなった国を言い当てるのは難しい。映画はハリウッド時代の彼女の華々しい活躍ももちろん描くのだが、幼少時代の知られざる衝撃的な事実から紐解いてゆく。1929年(昭和4年)生まれの戦前世代の彼女にとって、戦争の時代はやはり避けて通れない。父親の都合でヨーロッパ各地を転々とした後の父親の蒸発。偉大なる父性を失った幼少期のトラウマがオードリーの生涯には終始付き纏う。若い頃から女優になりたい人など世界中にごまんといるが、彼女はその華奢な体を活かしてバレエ・ダンサーになりたかったのだ。幼い頃になりたかった職業からの挫折は当たり前のようにあるが、幼少期のオードリーの2つの挫折は彼女の姿を神話的な女優から我々と何ら変わりない1人の女性としてのオードリーを生々しく伝えるのだ。

 映画は彼女の長男やその孫の証言を中心としながら、数々の映画関係者の証言をもとに構成される。そこには惜しくも今年亡くなった『ニューヨークの恋人たち』の監督ピーター・ボグダノヴィッチもいる。ここ日本ではオードリーと言えば『ローマの休日』と『ティファニーで朝食を』のイメージが非常に強いわけだが(明石家さんまとのぞっとするようなハコネーゼの似非共演CMもあった)、世界的に見れば50~60年代の作品は押し並べて今も評価が高い。私が特に嬉しかったのはスタンリー・ドーネンの『パリの恋人』で初めてミュージカルに挑戦した彼女の溌溂としダンスをスクリーンに映し出したことで、彼女の踊りはお世辞にもプロフェッショナルではないが、あのオードリーの姿はとにかくキュートで愛おしい。ウィリアム・ワイラー、ビリー・ワイルダー、フレッド・ジンネマン、ジョージ・キューカーら名だたる名匠たちとの共演。彼女は40年代の隆盛を誇った絢爛豪華たる全盛期のハリウッドには間に合わなかったものの、50年代には何とか間に合うことが出来たことは幸運だったかもしれない。映画はハリウッド時代の華々しい活躍の裏にあった影の部分にもしっかりとフォーカスする。父との幼少期のトラウマから、彼女の男運の悪さ。長男は最初の亭主メル・ファーラーの息子だからかもしれないが、2人目の亭主アンドレア・ドッティに冷たい。願わくば遺作となった『オールウェイズ』についてスピルバーグの話も聞きたかった。

 誰もが羨む類まれなる美貌を持ちながら彼女はハリウッドでのキャリアをあっさりと捨て、晩年はユニセフでの活動に心血を注いだ。世界中の子供たちに一生懸命なその姿は彼女の命を縮めたかもしれないが、それがオードリーの女性として人間としての生き方だった。彼女は女優としてのキャリアに胡坐をかくことなく、自らに課せられた使命を全うしようとした。自ら進んで「広告塔」と評した彼女の言葉の重みを30年経ったいま、ひたすら噛み締めている。映画は神話的な女優のもう1つの1人の女性としての姿を奇を衒わずに率直に描写する。ドキュメンタリーとして決して派手さはないが、愛に溢れた優しい回顧録だ。
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