むさじー

小説家の映画のむさじーのレビュー・感想・評価

小説家の映画(2022年製作の映画)
3.6
<映画と人生、虚構の中の真実を探して>

スランプに陥り執筆から遠ざかっている小説家のジュニは、ソウルから離れた閑静な町を訪れ、そこで偶然、元人気女優で今は映画から離れているギルスに出会う。それぞれに小説家、女優として成功した二人で、今は壁にぶつかって第一線を退いているが、二人ともまだ創作の場に関与したい未練を残している。そこで、ジュニはスランプから脱するきっかけとして、ギルスを主役に短編映画を制作したいと申し出た。
訪れた先で小説家は、かつて仕事で関わった映画監督や、飲み友達だった詩人たちに会い、よもやま話を繰り広げる。中でも「もったいない」論争と「映画に物語は重要か」論議が面白い。
女優は「(特別な才能があるのに)もったいない」と映画監督から言われるが、小説家は頑なにそれに反論する。「人それぞれだから自分の人生を大事にすればいい」と。そして「物語はさして重要ではない。配役が決まれば物語は作れる」と詩人に反論する。いつもながらの取り止めのない会話だが、小説家が語る撮りたい映画のセリフは、ホン・サンスの映画哲学を反映しているようだ。
そして小説家が会うのは初対面か久しぶりの知人ばかり。互いの関係も分からないまま観客は傍観者になり、言葉の端々から彼らの関係や過去を探るのだが、その会話が妙に遠慮がちで気まずそうで、そこにスリリングな面白さがある。観客が知りたいことを隠して、情報を小出しにして不足分は観客の想像に任せる、そこにホン・サンスの深みと策略があるようだ。
それでは、野の花で作った秋のブーケに何を託したのか。それは他の誰でもない自分の人生、自分なりの豊かさと幸福。信じたとおりに歩いていけばいいと。二人とも吹っ切れた気がした。
むさじー

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