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ハッチング―孵化―のnetfilmsのレビュー・感想・評価

ハッチング―孵化―(2022年製作の映画)
3.7
 自撮り棒で撮られたYOUTUBE映像に映った仲睦まじい家族の姿。素直でおとなしい一姫二太郎を持つ裕福な家庭の母親(ソフィア・ヘイッキラ)はびっくりするくらい美人で、芸能人のようにキラキラしていて、子供たちも自慢のセレブリティだ。彼女が娘と一緒になって驚かそうとしているのが、この裕福な一家の主人(ヤニ・ヴォラネン)に他ならない。雪深きフィンランドで何かのクリエイターとして働く裕福な父親はいかにもなインテリで、眼鏡をかけた姿はうだつの上がらない息子と父子であることを印象付ける。愛に溢れた家族でありながらそのYOUTUBE映像はどこか血の通っていない印象を受ける。いや、どこか嘘臭い演出が透けて見えるのだ。この家の内装は北欧家具に囲まれてはいるが、インテリアのセンスは明らかな成金趣味のそれだ。部屋の至る所に飾られたグラスや花瓶は地震の多発する日本のタワーマンションでは怖くて置いておけない代物だ。それはキラキラしているが使い古された感じはない。ただの見せかけだけのインテリアはパパの趣味ではなく、ママ主導に見える。そこにある日、黒い鳥が突如侵入して来る。広い空を飛ぶ鳥にとっては裕福な家のリビングでも手狭で、人がさんざ喚くから鳥だってパニックを起こす。娘のティンヤ(シーリ・ソラリンナ)はそれを殺さぬように大切に拾い上げるのだけど、高価なグラスや花瓶を割られ怒り心頭な母親はあろうことか鳥の細い首を躊躇なくしめるのだ。

 仲睦まじい家族に起きた鳥の侵入事件は些細な出来事にしか過ぎないはずなのだが、どういうわけか波紋は消えない。その予兆はゆっくりとこの家に侵犯し、やがて家族を揺るがすような事件を引き起こす。北欧アンティークで彩られたお洒落な部屋で一際目を引くのは、鏡である。女系家族ではないものの、執拗に繰り返される鏡の描写が「二面性」のメタファーであるのは間違いない。鏡は同一視する自分と分裂する自分とを客観的に見つめる。ティンヤは体操教室に通いながら、初めての大会に代表選手として出場することを夢見ている。家では母親に寄り添い、父や弟の前でも自慢の長女を健気に演じるわけだが、思春期にこの母親と始終一緒なのは精神もやられるというものだ。最初は綺麗で自慢の母親だと思った母親だがとにかく自己顕示欲が強く、偽りのセレブリティを演じるバカ女だということが徐々に明らかになって行く。人気のママさんYOUTUBERであり、2児の母親であり、クリエイターの旦那さんの妻でもある自称セレブリティの母親は、SNSでも人気者気取りで中身がスカスカの人間だ。娘に目撃された不貞の確固たる証拠も酷いが、ティンヤを隣の家の子と比べ、スパルタを施す血も涙もないシゴキは娘をただただ疲弊させる。いかにもヨーロッパ調の美しくガーリーな物語は、もう1人のティンヤを具現化する辺りからあからさまに作品のテイストを変える。その唐突な展開に呆気に取られたのも事実だ。母親のご機嫌取りの餌食となる娘のストレスと抑圧とはもう1つのモンスターを生み出し、それは徐々に肥大化し家族を襲う。疲弊した彼女の「助けて」の声がフレームを静かに覆い尽くす。
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