めんたいこ

ロストケアのめんたいこのレビュー・感想・評価

ロストケア(2023年製作の映画)
4.0
これは断絶の物語。

昨年視聴した「月」に通づるテーマを持ちながら、非常に対照的な印象を受けた。本評ではこれら2作品に付言しながら筆を進めていくことにする。

本作の主人公である斯波も月の主人公であるさとくんも強烈な"正義"を持ったキャラクターとして描かれるが、斯波のそれはより切実で血肉が通っており、簡単に言えば人間を描くことに成功している。対してさとくんの理論はどこか現実感が希薄であり、机上の空論の域をでない薄ら寒さを併せ持っている。優劣をつけるまでもなく、これらはモンスターの描き方としてどちらも正しい。

そして断絶の表現だが、月ではスプリットスクリーンを多用し、ロストケアでは鏡が執拗な舞台装置として機能している。両作とも過剰だなと思う演出だが、わかりやすさというのはある程度必要な要素なのだろう。

また、両作ともにあるもうひとつの構造的な問題はテーマを主人公の口から語らせている点だ。ここをより映画的にクリアしてくれていればと思わずにいられない。しかしながら本作においては松山ケンイチの演技力の高さが違和感を緩和している点が救いとなっている。

と、ここまでが月とロストケアの対比を元にした評となる。以下は本作のみの課題点について触れる。

本作はミステリではなく、斯波が犯人であることは序盤で語られるためネタバレに当たらないとして進めるが、「犯行を行ったのが斯波の休日に集中している」というのはご都合主義がすぎるのではないだろうか。

斯波は合鍵によって常にターゲットの家に侵入することができたわけであるし、実際一連の殺人事件が発覚するきっかけとなった事件では深夜に被害社宅へ向かっている。

斯波の理知的なキャラクター造形を信じるのであれば曜日は分散させるであろうし、後に彼の言葉として出てくる「バレなかったからですよ」をキーとするのであればその殺害手法は意外なほど雑なものであったという描写は必要になるはずだ。

また、タイトルシークエンスの「ト」の部分が気になる。ロゴタイプとも異なるグラフィックがフェードする演出は否が応でも違和感を視聴者に与えるが、それの伏線回収が「自室の窓から伸びる影」というのは少々無理があるのではないだろうか。
※ 僕はそうとらえたのだがそもそもそれを示しているのではないのかもしれない。だがそうすると余計意味がわからないという話になってしまうが。

演者の能力とテーマの普遍性で最後まで引っ張ってくるが、映画作りとして完璧かと言われると諸手を挙げて賛成することは難しい。
しかしながら現代日本に生きる我々は一見の価値があるだろう。

というわけで主人公の独白が疾走する傑作、39 刑法第三十九条がオススメです!(なぜ)