Jun潤

聖地には蜘蛛が巣を張るのJun潤のレビュー・感想・評価

聖地には蜘蛛が巣を張る(2022年製作の映画)
3.7
2023.05.02

ポスターを見て気になった作品。
ビジュアルだけではどんな作品か全く予想がつきませんが、なかなか重厚そうなサスペンスの予感。
実在した連続殺人鬼“スパイダー・キラー”を基にした作品。

イスラム教の聖地の一つ、マシュハドでは夜になると娼婦が道ゆく男性に声をかけては体を売っていた。
とある日の夜、一人の女性が男性の相手をしていると、バイクで自宅まで送ると言う客に会い、ついて行った先で無惨に殺された。
犯人は娼婦だけを狙う連続殺人鬼“蜘蛛殺し”。
事件の真相を追うべく、マシュハドに入ったジャーナリストのラヒミが捜査状況を取材していく中で、娼婦たちに対する侮蔑の目を感じ、“蜘蛛殺し”の捜査が進んでいないことに違和感を覚える。
一方、退役軍人で熱心なイスラム教徒であるサイードは、妻子がある身でありながら、夜な夜な娼婦を自宅に連れ込んでいた。
サイードの指には、“蜘蛛殺し”と同じ指輪がはまっていたー。
“蜘蛛殺し”が“聖地”で繰り返す「神から授かった」街の浄化、その凄惨な現実が描かれる。

うっっわ、エッッッグ。
最初に出てきた娼婦がスパイダーキラーになると思ってしまいましたし、ラヒミのことも娼婦だと思ったのでスパイダーキラーが殺していく娼婦たちの群像劇かとも思ったし、始まって少ししてからようやくラヒミ対サイードの対立構造が頭に入ってきたので、冒頭から頭がてんやわんや。

軽くあらすじだけ書くと普通のクライムサスペンスに見えますが、今作はきちんとスリラー。
それもサイードだけが怖いのではなく、もうなんというか街全体がスリラー。
年齢制限に誤り無しの残酷な殺害表現でサイードも十分怖いです。
動機こそ神に授かったなどと大層なことを言っておきながら、一人殺害するたびに警察に電話をしており、劇場型を演じているのか、はたまた自身の行為を誇示したいだけなのか。
その時も気分が一定ではなく口調がコロコロ変わっているという不安定っぷりもまた怖い。
殺人を犯している時以外のサイードが妻子や実父との関係に悩む普通の父親像を見せてくるものだから、キャラ的にもう良い意味でどう見たらいいのか分からなくなるレベルでした。

そして邦題にある『聖地』。
娼婦というのはどの時代どの国においても歓迎されるものではないことは重々承知ですし、今でも議論や主張は絶えないものですね。
しかし今作の娼婦の描写を見てみると、困窮している女性が追い詰められて体を切り売りしなければならないという、性的搾取だけでなく経済的な問題もあるんじゃないかと思いました。
また、国全体が経済的に傾いている時男性はどうしているのかも気になりました。
労働力として昼夜を問わず働いているのかもしれませんが、サイードが戦地で殉職できなかったことを悔いているような描写をみると、男性は戦地に行って命そのものを搾取されている可能性だってあるのかなと。
肉体的な死か、尊厳的な死か、どちらもないことが一番良いのですが、簡単にはいかなくて男女で差が生まれてしまうというのもやるせないですね。

あとは宗教のお話。
イスラム教徒的に娼婦の存在や婚前交渉がどれほどのタブーなのか、知識としては全くありませんが、街全体に同じ宗教観が蔓延していて、娼婦だけを殺して街を浄化しているというサイードの行為を、市民だけでなく司法や警察まで肩を持っているという状況がなんと気持ちの悪いこと。
作品を通して外側から見て思うことですが、当人たちからするとなにもおかしい話ではないのかもしれないのがまた恐ろしい。

経済状況などの環境の問題、宗教観や職業差別の視点などの個人の問題が、よっっぽどのことで変わらない限り街に娼婦は居続けるのでしょうし、第二第三の“蜘蛛殺し”が現れてもなんら不思議ではないという、なんとも鑑賞後感の悪い作品でした。
Jun潤

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