このレビューはネタバレを含みます
アリ・アッバシ監督の作品で、これだけスルーしていたので観ました。原題のニュアンスをうまく膨らませた邦題が素晴らしいです。
イランでは有名な「スパイダー・キラー事件」という実話がベースだそうです。
イランの聖地マシュハドで、次々と娼婦が殺害される事件が発生。最初から犯人が誰なのかが明確に明かされているので、犯人探しのミステリーではありません。退役軍人のサイードが神から授かったという「浄化」の任務を果たすために犯行を重ねているんだけど、イランの貧困の問題を解決しない限りは、売春はなくならないわけで。娼婦を殺したところで、なんの解決にもなりません。
女性ジャーナリストのラヒミが捜査に消極的な警察に痺れを切らして、地元の犯罪記者と組んで、自ら囮捜査をする逞しさ。スカーフの注意を拒否したり女性が自ら声を挙げたり、あるいはイランの売春の詳細や女性への激しい暴力など、これはイラン製作ではなくイランの検閲を通っていないからこそ、描けるメッセージや描写が多々ありました。
サイードが犯行を重ねても、街の多くの人たちや妻、息子も英雄視して支持していることに唖然。サイードが処刑された後、ラヒミが観ていた動画で、息子が父の跡を継いだほうがいいと言う人たちがいるという事実が明かされ、息子が妹と一緒にサイードの殺人を再現していたのがなんとも恐ろしい。
監督のアリ・アッバシのデビュー作「マザー」は代理出産のホラーで「ボーダー 二つの世界」はファンタジックなスリラーで、どちらも北欧が舞台でした。今作は母国イランの犯罪と社会問題。一方、最新作の「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」は、アメリカが舞台のトランプの若かりし頃の回想録。監督の作品の幅の広さを感じました。