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窓辺にてのbutasuのネタバレレビュー・内容・結末

窓辺にて(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

じわじわと染みてくる良作。人が人を好きになるってどういうことなんだろうかという、当たり前のことのようにスルーしていたことについて、一度立ち止まって考えさせられる映画。劇中で"愛してる"という言葉を使わずに"好き"という言葉を使い続けるのがとても良い。

主人公の市川(稲垣吾郎)は妻の紗衣(中村ゆり)の浮気に気づいてもショックを受けない自分にショックを受ける。自分は妻のことを好きだと思っていたはずなのに、結局自分は人を好きになることができない欠陥人間だったのではないかと。紗衣は夫が本当は自分のことが好きではないのではとずっと感じていた。昔付き合っていた女性のことは小説にしたのに、それ以降夫が一度も小説を書かなくなってしまったから。

離婚が決まり、紗衣の浮気相手の小説家である荒川(佐々木詩音)は市川に言う。「書いてしまうと過去になってしまうから書かなかったんですよね。それが市川さんにとっては一番の愛情表現だったんじゃないですか。」と。それについて市川は肯定も否定もしないが、その言葉は確かに市川にとっての救いになったのだと思う。傍から見て「異常だ」「サイコパスだ」などと言われるが、人と感じ方が違うだけで、本人の中では確かに愛情があったのだ。それを人に認めてもらえて、きっとホッとしたのだろうし、それを知らされた相手が妻の浮気相手だったということにもなんとも複雑な思いになったのだろう。

市川は一見何を考えているかよくわからない男だが、彼の本質は"優しさ"なのだとおもう。優しいからこそ周囲の人間に対し適切な距離を保つし、相手の意志を尊重しようとする。それを「冷たい」「気持ちが無い・見えない」と思われることも多いが、それでも荒川や高校生作家の留亜(玉城ティナ)のように、それを見抜く人はいる。きっと紗衣だってわかっていたのだろうし、そんな市川だから好きだったのだろうし、そしてわかっていてもなお寂しさを感じてしまったのだろう。

「人に相談しないのは周囲の人間を見下しているからだ」と言われた市川は、すぐに友人であるマサ(若葉竜也)に相談してみる。市川は本当に素直で自分に対して自信がない。結局マサの妻(志田未来)に激怒されて終わるわけだが、市川は全く不快も不満も感じること無くそれを受け入れる。映画の序盤で彼が言う「理解って怖いから」という台詞がここで効いてくる。彼は理解されなかったことでむしろ安心したのではないだろうか。それでも理解を示した荒川には少し居心地の悪そうな様子を見せたが、それはそれで救いにもなった。しかしラストで留亜の彼氏にまたサイコパス呼ばわりされたことで、理解されないことについての安堵を再び見せる。なんて繊細で複雑な感情を描いているのだろう。

市川の周りには若いカップルが2組登場するが、どちらの女も男のことを熱烈に想っている。特にマサの妻の逞しさは圧巻で、彼女は夫の浮気を知りながら、見て見ぬふりを続け一緒にいることを決める。妻の浮気に何も感じられないという市川に激怒する彼女は、自分は浮気をする夫の傍に居続けるのだ。離婚を選択する市川とは何もかもが対照的。結局、人を好きになるという"あり方"に正解なんてないし、難しく考えずともそのときしたいと思った行動が一番自分の気持ちに正直になる行動なのだと、考えさせられた。

タクシー運転手が言う「パチンコは一番の贅沢なんですよ。時は金なりって言うでしょ?それを両方同時に無駄にできるんだから」は金言。それがわかっていて楽しむパチンコのなんと贅沢で豊かなことか。心に余裕があるということが、人生を楽しむということに他ならない。形として残るものだけが価値ではなく、その瞬間その瞬間をどれだけ楽しんで生きられるかが幸せということなのだ。窓辺にて光に照らされたグラスの反射で指に光のリングを作るシーンは、まさにその象徴である。

「パフェは"完璧なもの"という意味だけど全然完璧じゃない、そこがいい」という台詞も本当に好きで、それを踏まえてラストシーンで市川がパフェを頼むシーンが、強く心に突き刺さるのだ。市川はきっと自分を認め、少し好きになることができたのだと思う。

140分もあるのにほぼ全編が会話のみで構成される本作であるが、今泉監督の圧巻の会話演出・脚本により、観ていてまったく飽きることがなかった。ずっと意味がない会話をしているようで、全ての会話に意味があり、ちゃんとその後に繋がっていく。本当に素晴らしかった。セットなどのロケーションも考え抜かれておりとても良い。

稲垣吾郎のキャスティングが完璧。この主人公は彼以外では成り立たなかったかもしれない、薄く飄々として優しそうだが何を考えているかわからない、独特の存在感。演技もとても良く、まず本来難しい"聞き手"としての芝居が上手いため会話劇を観ていてこちらも興味が持続するし、だからこそ終盤妻との会話で内面をさらけ出したときに初めて見せた切実さにグッと来るものがあった。

それぞれ全ての会話について書きたいことが山ほどあるのだが、キリがないのでやめておく。その時の自分の価値観や気持ちによってまた感想が変わりそうな作品。定期的に観返したい。
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