しの

エゴイストのしののレビュー・感想・評価

エゴイスト(2023年製作の映画)
3.8
不穏なタイトルが不穏に出現。以降は手持ちのヨリで映し続け、終始不安が付きまとう。しかし映るのは拍子抜けするほど善人な登場人物たちの交流だ。ではこの不安は? と観ていくと、それは主人公がずっと抱えていたものだったと判明し、ラストでタイトルの見え方が変わる。構成の美。

序盤で主人公がゲイのコミュニティで話している場面の即興演技的なアプローチにまず感心した。監督の志向なのだろうが、ドキュメンタリータッチで一気に引き込まれる。以降も食卓での会話や、お金を受け取れないと断る母親の何とも言えない声など、非常に演技が自然でベースの強度が高い。

しかしそのテンションで観ていくと、序盤のがっつりしたアレコレの描写に(ポスターで示唆されているとはいえ)面食らう。こんなドラマチックにしちゃって、どうせこれが崩壊していくんでしょ? と穿って見ていると、早くも中盤で転調。「その後」の生が(何ならココこそが)丁寧に描かれていく。

この構成にまずハッとさせられる。マイノリティの「ドラマチックな」物語は構成要素の半分以下でしかない。というか、単に盛り上がった恋の描写でしかないのに、自分はそれをある種の定型に当てはめて見ていたのだと。転調の中盤以降は、どちらかというと疑似親子的関係を含めた普遍的な愛の考察になっていく。

それはもっと言えば、「自分のため/他人のため」の境界はどこか、という話でもある。入学初日に隣の席の子に話しかけるのは、その子と友だちになりたいからか、孤立するのが嫌だからか。どんなことにでも共通する話だ。本作ではそれが「他者の人生に介入すること」の是非として強調されている。個人的には、そんなものに明確な境界などないし、なくていいと思うのだが、まさに終盤の母親の言葉はそういった姿勢に通ずるだろう。序盤の「出会わなければよかった」という台詞は、それ自体はベタなのに終盤まで大きくこだますることになるが、主人公の父親の台詞がそれに呼応している。なにより、主人公が漏らす「なかったことにできない」の一言が良い。そこまで言える関係性がどれほど尊いか。

ラストカットは一つ手前の場面になるのかと思ったが、当事者同士の「わがまま」な関係性を示して終わるという、タイトルとのギャップが際立ついい意味で違和感ある場面を選択している。ここへきて、不安を常に感じさせたヨリのアングルの意味が、「わがまま」という言葉をターニングポイントに反転することになる。

なるほどこの構成ならと納得したが、それはそれとして画にメリハリがないのは確かだろう。不安が微かに消失する場面では引きめにするなど、もう少し主人公の心情とシンクロさせても良かったのではないか。また、鈴木亮平はかなり頑張っていたものの、想定されるキャラクターイメージとはやや乖離している気もする。格好良すぎるというかやや強面というか。あとやはり「マイノリティの恋愛譚の定型」ではないとはいえ、転調させるためのあの展開は淡々としていて何だかなと思うところもある。

こういった点により、正直どこまでをどの程度不穏な場面として観ればいいのか判然としない時間がわりとあって、そこは撮影や演技演出によるメリハリをつけてコントロールして欲しかったかもしれない。言ってしまえば大したことない話なのに、演出が一辺倒なのだ。

ただ、愛の考え方自体についてはマイノリティだからどうとかではない普遍的な主題に接続させつつ、一方で、ゲイでなければこういう話にならなかったかも、と思われるポイントがあるという意味では、ちゃんとマイノリティの現状についての話にもなっている。このバランスは現代のマイノリティ映画として素晴らしかった。
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