しの

ハントのしののレビュー・感想・評価

ハント(2022年製作の映画)
3.8
二重スパイを見つけ出すポリティカルサスペンスだが、それが「独裁者の手先」の視点でノンストップで進むのが特徴。これにより、ジャンル映画的な二転三転の展開よりも「暴力を終わらせたいのに暴力を行使せざるを得ない泥沼感」のほうがどんどん際立っていくあたり、計算されていると思う。

冒頭のアクションシーンの臨場感は凄まじいが、以降も平場を含めてほぼその緊迫感とテンポのまま続いていくので、背景知識の有無に関わらず話は追いづらくなっていると思う。流石に終盤までこのツイスト劇が続くのはむしろ単調ではと思うし、終盤こそもっと主役2人のドラマを見たかったが、この錯綜っぷりが小手先のものではないのも分かる。常にピリつく相互監視の空気感と、当然のように暴力に頼る野蛮さ。そこで二重スパイを見つけ出そうとしているのか、汚れ役を押し付けようとしているのか、邪魔者を消そうとしているのか、どんどん分からなくなっていく。すると、独裁者と自分を隔てるものも次第に無くなっていくという危うさがあるのだ。

つまり、ジャンル映画的な設定のなかで、独裁的な体制側とそれを覆そうとする者たちのある種の表裏一体性を体感させるという、まさにエンタメと社会的テーマの相乗体験を提示している。そしてこの体験こそが、「このままではまた新たな暴力の連鎖を生むのでは」という終盤の危機感に繋がるわけで。その危機感が極に達するところで各キャラクターの思惑も大きく動き、ついには文字通りの「崩壊」を迎える(しかもこれは史実にあった事件をモチーフにしている)というのがかなり綺麗だと思ったし、その後の韓国ノワールらしいお決まりのオチが暴力連鎖の当然の帰結と一縷の希望という形で使用されるのも素晴らしかった。

とはいえ、やっぱりもうちょっと分かりやすい描き方にして欲しいし、わざわざ二重スパイの正体を中盤で明かす構成にしているのなら、以降は「覆そうと思っている対象と自分が同化していないか」という疑心暗鬼のドラマに舵を切ったほうが良かった気がする。折角のあのオチも急ぎ足に見えたし。

しかしそういった点を差し引いても、本作はジャンル映画の体裁をやりつつ、単なる一方的な暴政批判ではなくまさにジャンル映画的な疑心暗鬼の体感によって自身のなかにも恐れの対象を自覚させることで、「暴力への怒りと恐れ」を高解像度で描いているという点で凄まじい。またこの国の映画の先進っぷりに脱帽する一作だった。
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