レオピン

SHE SAID/シー・セッド その名を暴けのレオピンのレビュー・感想・評価

4.2
2017年10月「MeTOO」運動のきっかけとなった、ハーヴェイ・ワインスタインの性ハラスメント・性暴力を暴いたニューヨーク・タイムズ記者ジョディ・カンターとミーガン・トゥーティーらの調査報道を描く。

キャスティングカウチ 日本でいう枕営業。性暴力だけではなくその組織的な口封じのやり方。発覚しても示談の際に秘密保持契約にサインさせスパイもすれば監視もする。キャッチアンドキル。それが口封じの隠語、ローナン・ファローも同じネタを追っていた。

映画はワインスタインを巨悪として描くのではなくむしろ徹底してつきはなし、その姿すら映し出す価値もないといわんばかり。決して再現フィルムにはしないという構え。代わりに記者たちの家庭生活がしっかり描かれていた。

この類の犯罪は手口が毎回判で押したように同じ。レイプといっても力任せなものではなく、巧みな誘導によって完全に退路を絶たれ行なわれる。前にキム・ギドクの性暴力を追った「PD手帳」という番組を見た時も、周りの幹部社員やスタッフが知りながらも加害者へ協力していて、いわばチームワークで仕事のように冷静に処理しているのが特徴として共通していた。

会計士だった男に取材するジョディ わずかながらホロコーストをめぐる会話があった。
“あのこと”を語る家族とそうでない家族がいますよね 
記憶をめぐる語りの問題 声を奪うのは誰か 
あのホテルの廊下と収容所への線路はそんなに離れてはいない。

ミーガンは問う。女性たちの苦しみの一部は声を上げてもムダだと思わせる絶望が原因なのでは? 
ローラは大手術を前にあの時声を上げられなかったから何かが変わってしまったと自らを責めた。
この何をやってもどうせ無理だという学習性無力感を植えつけたのは誰か。夢を食い物にしたエンタメ界の権力者の罪ははかり知れない。

ことの本質は性加害者が守られる法のシステムにあるのよとジョディに資料を託したゼルダ。この問題を切り分けて考える指摘も重要だった。

被害女性たち、サバイバーへ向けられる風当たりは万国共通している。日本では時に被害者へ、或いは追及している記者にすら清廉潔白な態度を求めすぎる。被害者の服装や記者の口調や態度にまで批判が集中する。本来対立する必要もないところで意見が違っているかのような錯覚を覚えるがこれは偽の分断だ。
誰にとってもおかしいものはおかしいし当たり前のことを言っただけ。記者は何度もしつこく食い下がるのが役割。たまたま自分は免れていただけで放置していたらいずれ誰かがその穴に落ちるのだ。声を封じられてきた人に耳を傾けるのは当然だ。

ローラにジェニファー・イーリー
ゼルダにサマンサ・モートン
上司レベッカにパトリシア・クラークソン
編集長ディーンにアンドレ・ブラウアー

カトリーヌ・ドヌーヴのようにMeTOOに批判的な人もいる。確かにポリコレの行き過ぎはいつだって魔女狩りにつながる危険もある。そこは全く同意。だがその語り口はいつも権力者を利することを忘れてはいけない。特に日本的状況を踏まえれば静かすぎて全然そこまで至っていない。うみを出し切るどころか問題の所在すらあいまいに時にはなかったことにされているような状況だ。 

日本的全体主義の問題はまた他のところにある。ジャニーズ会見などは甘えの構造そのもので、直接は見ていないが噂レベルで聞いたことがありましたというのが言い訳としてまかり通ってしまう。手勢の芸能記者を総動員した火消し報道もそうだが、かつての一億総ざんげとかと同じでこちらにがっつり寄りかかられる気分。責任をあいまいにしてお涙頂戴に振れば逃げ切れると思っているのがムカつく。

約20年で84人以上と片や60年余りでおそらく千名近くという・・・
ワインスタインを遥かに超えるモンスターを生んでしまったのは個人だけの問題なはずがない。周りの有形無形のサポートがあるのだ。本質はメディア問題だ。ジャニとの結託はネット広告費が増してきたゼロ年代以降に強化されたという。他国から異常とみなされている記者クラブ・クロスオーナーシップ・再販制度により強固に守られている歪な業界。一中小企業に過ぎないタレント事務所になぜここまでコントロールされるのか。

今回海外報道によって大きくクローズアップされることになったが、もはや禁治産者のような非常識が外国からつつかれみっともなくも崩れていくさまは今後も続くだろう。これをいい方向への変化と捉えるべきか。ただの崩壊の兆しか。

未だ女性蔑視を隠そうともしない政治家も多い。維新馬場さんは女性は1年365日24時間政治のことを考えられないから云々と言って叩かれていた。もうこれは感覚の問題。NZのアーダーン前首相を見よ。記者の生活をしっかり丁寧に描いたマリア・シュラーダー監督がその答えだ。今後はこれらの発言を目にする度にあのミーガンの見下げ果てたような眼差しをしてやる。

感情の力は使わずにただずっとそこに控えていたあの有能な上司たち。結果が何につながるか十分に知っている者たちによって最終チェックを終えた記事が世に出ていく。あの最後のワンクリックまでのバトンリレー。すべて公に晒されます 全員メディア時代のカタルシスとでもいうか。もうできるだけ遠くまで 解き放たれろ 


⇒脚本:レベッカ・レンキェヴィッチ
⇒音楽:ニコラス・ブリテル

⇒歩きリンゴかっこよくキメる系映画ベスト級
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