にしやん

ムクシンのにしやんのレビュー・感想・評価

ムクシン(2006年製作の映画)
4.5
オーキッド4(3?)部作のトリや。オーキッドの少女時代に遡った淡く切ない初恋(?)の話や。「細い目」の時間の7年前の話ということになっとるさかいオーキッドは10歳で、初恋(?)のお相手のムクシンは12歳っちゅう設定やな。

ヤスミン監督作品では、「ムアラフ改心」だけ観てへんさかい、まだ断言はでけんけど、これまで観た監督作品のなかでは、これがいっちゃん好きや。今のところヤスミン作品でナンバーワンやわ。この作品は小学生の男女の初恋を描いたもんなんやけど、まず恋と言えるんか言えへんのかも微妙な、淡い初恋の話が完璧なまでにかわいらしく切なすぎるわ。まるで恋とは気づかへん恋をしたみたいなもんやな。それと、他の作品のように人が死んだり殺されたり、民族や宗教の深刻な対立とかが直接的の描かれたりはしてへんけど、幼い男女の淡い初恋の話と楽しくて笑える家族の話のなかに、民族やとか、宗教やとか、言語やとか、貧困やとか、一夫多妻制に至るまで、マレーシアが抱える様々な問題がさりげなく織り込まれてて、他の作品よりもいっちゃんメインのストーリーと上手く絡みおうとう気ぃがしたな。それに、撮影のスタイルかてカメラ定点の長回しの多い ところもええかな。

映画の冒頭、二人が出会う前からして、なんか切ないもんな。この辺は「タレンタイム」の入り方にもよう似とる。シーンとしていっちゃん切なかったんは、夜、家でレコードをかけて皆で踊ってるシーンや。オーキッドとムクシンの境遇や立場を象徴してて、めちゃくちゃ悲しい気持ちになんねんけど、使用人のオッサンがおもろうて、悲しいけどおもろいみたいなところもこの監督さんらしいてええわ。正に山田洋次の世界やわ。

後はムクシンが男性、女性を意識し始めるところの演出なり描写が秀逸や。序盤での「陣取り」ゲーム(?)のシーンと、中盤で同じく「陣取り」ゲームのシーンがあんねんけど、序盤と中盤とであえて同じ設定やのに観てるわし等の受け取り方が全然ちゃうわ。ムクシンが何でそういう行動を取ってしまうんかということを通して、彼の意識の変化を鮮やかに描くなんっちゅうのは、めちゃくちゃ上手いやおまへんか。

それとこの作品、これまでのヤスミン作品の中でもお笑い自体の切れ味がいっちゃんええんとちゃうかな。なんべんも笑かしてもろたわ。オーキッドの男性優位主義に対する頑固な抵抗っていうんもええしな。冒頭の「カバン」のネタもおもろいねんけど、後日談のほうはもっとおもろいわ。こういうとこがこの作品はほんま最高やわ。正しいことをユーモアに包んで見せるところが映画として素晴らしいわ。また、御馴染みのお手伝いさんの歌やねんけど、オーキッドのシリーズでは満を持してって感じやな。その歌がなかなか上手いねんて。タレンタイムでも確か歌ってたかな。それも含めて彼女が出てくるシーンはどれもこれも楽しいわ。

この映画のテーマやけど、ヤスミン監督の死生観というんが如実に表れてる気ぃがしたな。例えば、湖の「乙女の墓所」の伝説のエピソード、猫のエピソード、そうそう中盤の凧シーンのところで出てきたビックリ仰天の若い夫婦とかもそうやな。例え別れて別の世界に行ってしもたとしても、死んだ訳やあらへん。逆に、例え死んだとしても、その存在が消えてしまった訳やあれんし、ひょっとしたら別の世界で生きてるかもしれんってことや。主人公の二人にしたかて正にそういうことなんやろ。

あと、4部作を観て感じたことやけど、ジェイソンが絡まへん「ラブン」はちょっと置いといて、「細い目」で引き裂かれたオーキッドとジェイソンを、その後再び結びつけたんが「グブラ」、出会う前に二人を宿命づけてるんが「ムクシン」ってことなんとちゃうかな。二人が出会うことは運命やったってことなんやろ。あんたのことずっと見てたんやでってな。それと4部作通しての「赦し」についてやけど、本作は「細い目」とよう似たことになってしもてたな。人生そういうもんなんやろ。

エンドロールのシーンはビックリやったわ。凄いな。やってくれるな。「理想主義者」やと言われ続けた監督の意地というか答えというか。「私の描いたんは理想や空想やないで、ここに居る私らという現実を描いたやで」っちゅう監督の心の叫び声が聞こえたきがしたわ。あの皆の歌声が世界中に届いたらええのになって、ほんまにそない思たわ。
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