KnightsofOdessa

美と殺戮のすべてのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
4.5
[それは姉の見た世界、私の歩んだ記憶] 90点

大傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品、金獅子受賞作。1965年に自殺した姉バーバラに捧げられた映画であり、原題も診断書に書かれた"彼女が見た世界"を指す言葉から取られている。それはある意味で、後に妹ナンが歩んだ人生そのものであり、すべてが姉の"物語"に帰着しているようにも見える。ナンは冒頭で、物語と記憶の違いを語っており、生の記憶を残すために写真を撮っているとしていたが、姉の人生については"姉の物語"としていることが、まさに本作品のすべてを表しているのではないか。姉が先に見てしまった"臭いがあり""汚い"世界をナンが辿り直し、それを姉に語りかけているようでもあった。なんだかペトラ・コスタ『Elena』を思い出した。全てが、姉を殺した世界との戦いの記録なのだ、と。映画は、ナンの幼少期の記憶と現在のナンの戦いが交互に語られ、個人/芸術と社会/政治との関係性が終盤のAIDS関連の出来事によって交わり合っていくように構成されている。社会のあぶれ者として自らを認識していたナン(或いはその仲間たち)が、実は自分は社会の構成員であることを自覚していき、オピオイド中毒のサバイバーとしてサックラー家に声をあげる活動がそれまでの人生となんら分断なく繋がる様を描いている。突如政治に目覚めた芸術家、ではないのだ。私生活を撮るのは芸術じゃないと批判された10年後に、政治色が濃いのは芸術じゃないと批判されたというエピソードは実に象徴的だ。そんな彼女ですら、冒頭でサックラー家への活動を始めるにあたって"キャリアを失うのを恐れた"と発言しており、それに対してP.A.I.N.のメンバーが"今度は覚悟して"と応えていたのが印象的だった。

ナンが出演した映画からいくつか引用されていた。監督のうちヴィヴィアン・ディックについては言及してたけど、ベット・ゴードンについては言及あったっけ?二人ともご存命のようです。
KnightsofOdessa

KnightsofOdessa