耶馬英彦

美と殺戮のすべての耶馬英彦のレビュー・感想・評価

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
3.0
 あまり面白い作品ではない。ナン・ゴールディンという写真家が自分を語る一方、麻薬中毒になった過去から、合法の麻薬で死んだ人たちの弔いのように、麻薬で莫大な利益を上げた会社と戦う様子を描く。
 出てくるゴールディンの写真は退廃的で、人間の欲望を表現するが、優しさが欠落しているから、見ていて楽しくない。アメリカの負の部分をさらけ出すのが目的なら、十分果たしていると思うが、負の中に正もあるのが現実で、逆ももちろんある。現実の複雑さを表現していない写真に、あまり意味があるとは思えない。失礼ながら、世界的な巨匠という評価は意味不明だ。

 本作品が日本公開された2024年3月29日は、小林製薬が製造したサプリメントの健康被害がニュースになっている真っ最中で、会社側の初期対応のまずさなどから、簡単には収束しそうにない。小林製薬は、当該の「紅麹コレステヘルプ」とは別に、原料としての紅麹を販売していて、二次取引等を含めると、数万社に流通しているらしい。影響は甚大だ。

 本作品に登場する鎮痛剤「オキシコンチン」は、オキシコドンという鎮痛剤の商品名らしい。販売しているのはパーデューファーマという製薬会社で、サックラーという大金持ちの一族が経営している。この薬の販売で大儲けして、芸術や教育関連に多額の寄付をしてきたようだ。

 アメリカ人は痛みに対する耐性が、日本人に比べてはるかに弱いと言われている。逆に言えば、強力な鎮痛剤が一般的によく使われているということだ。日本では自然分娩が主流の出産も、無痛分娩が普通らしい。
 強力な鎮痛剤の多くは麻薬である。オキシコンチンも麻薬だ。過剰摂取すれば、肉体や精神に悪影響を及ぼす。日本でも販売されているが、社会問題にはなっていない。同じく麻薬であるモルヒネと同様に、医師の処方箋に従って処方された薬を用法や用量を守っていれば大丈夫なのだろう。

 アメリカで被害者が多発しているのは、安易に薬品を摂取するという下地があることが大きく影響している気がする。サックラー家を弁護するつもりは毛頭ないが、処方した医師にも、乱用した患者にも、責任がまったくないわけではないし、オキシコドンを承認したFDAにもかなりの責任がある。すべてを製造者のせいにしてしまう主張には、違和感を覚えざるを得なかった。
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