ぶみ

正欲のぶみのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.0
観る前の自分に戻れない。

朝井リョウが上梓した同名小説を、岸善幸監督、稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗等の共演により映像化した群像劇。
原作は未読。
息子が不登校となった検事、ショッピングモールで働く販売員、地元に戻ってきた男性、ダンスサークルに所属する大学生、その大学で学園祭実行委員となる大学生等5人の姿を中心に描く。
横浜に暮らす検事・寺井啓喜を稲垣、寝具店の販売員・桐生夏月を新垣、夏月の同級生で地元に戻ってきた会社員・佐々木佳道を磯村、ダンスサークルの大学生・諸橋大也を佐藤寛太、学祭実行委員でダイバーシティフェスを企画した大学生・神戸八重子を東野絢香が演じているほか山田真歩、宇野祥平、渡辺大知、徳永えり、岩瀬亮、坂東希等が登場。
物語は、啓喜、夏月、佳道、大也、八重子という年齢、性別、生活環境等が異なる5人の姿がそれぞれ描かれ、徐々にクロスオーバーしていくという群像劇のスタイルで展開。
まず、この5人のキャストがハマり役であることは間違いなく、一見すると、何事もなく毎日を過ごしているが、実はそれぞれに日々の生きづらさを感じているキャラクターを見事なまでに体現している。
とりわけ、登場した瞬間から終始目が死んでいる夏月を演じた新垣は、俳優としての新境地に踏み入ったと言っても過言ではなく、また、本作品には出演していないが、ベテランの柄本明同様、中堅どころとして、邦画ではもはや欠かせない存在とも言える磯村の安定感も抜群であり、制作陣が彼を起用したくなるのもわかるところ。
ただ、登場作品が多いため、本作品では「水」に対して特別な感情を抱くキャラクターであるのに対し、高橋正弥監督『渇水』では水を止める側である水道局員であったのは皮肉なところであるし、啓喜の事務方を演じた宇野祥平とのコンビは、城定秀夫監督の怪作『ビリーバーズ』での凸凹コンビを彷彿とさせるため、思わずほくそ笑んだ次第。
本作品では、前述のように性別や家庭環境、容姿はもとより、性的指向も異なる人々の日常生活を営む上での生きづらさが具に描かれていくが、これは、ジャンルは違えど多かれ少なかれ、誰しもが感じることではなかろうか。
それを、「多様性」なる、いかにも行政サイドが使いそうな、実体があるようで中身のない単語で十把一絡げに括ってしまうのは、非常に無理があるなと日頃から思うとともに、普通か普通じゃないかの線引きをすることや、そもそも線を引くこと自体(社会には必要であるのかもしれないが)、本来それは他人に決められるものではなく、自分で感じることなのかもしれないとあらためて感じたところ。
クルマ好きの視点からすると、夏月の乗るダイハツ・タントの後ろのナンバープレートを照らす番号灯が冒頭から切れており、途中のあるシーンでは点灯していたのが、演出なのか、そうでないのかが汲み取れなかったのが残念だったのと、その番号が希望ナンバーによる「5132」であったため、「恋文」なのか、はたまた「ご挨拶」なのかと、ついつい勘ぐってしまったのは、これもまた私の性癖か。
事あるごとにニュース番組等で意識高い系の人がしたり顔で「多様性」と言う単語を使えば、さも全てがわかった気になるような風潮に反発するかのようなキャストの圧倒的な演技力と、リアリティ溢れる脚本、演出のもとに紡がれる物語に、終始のめり込んで観ることができ、たまたま先日観たキリアン・リートホーフ監督『ぼくは君たちを憎まないことにした』と同様、いくらでも頭の中では想像できても、いざ、その立場にならないと、その時に湧き上がる感情は誰にもわからないと思うとともに、夏月がイオンモールで働いていたため、イオンモール内のシネコンで観たのは正解であり、思わず寝具売り場の前を通りたくなる良作。

これで擬態できないかな、世間並みに。
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