純

イヴの総ての純のレビュー・感想・評価

イヴの総て(1950年製作の映画)
4.5
女性の強さと弱さ、恐ろしさと繊細さ、いろんな「本物」が名優たちによって演じられた、「本物」の映画だった。

キャストが豪華なだけでなくて、脚本がすごく面白い。会話劇としてもコミカルさが散りばめられているし、大筋が本当によく出来ている。2時間があっという間に過ぎ去った。そして何より、登場するすべての女性に讃えるにふさわしいところ、非難したくなるところがあり、そのバランスが絶妙だったと思う。変わらない女性の在り方と人間関係の深みの描き方が抜群だ。

大物女優として名高いマーゴは、表では実力も名声も富も手に入れた、誰もが憧れる存在のひと。とは言え、本当は40という年齢にコンプレックスを感じていて、女優人生としても、私生活でも、焦りと不安に悩まされていた。それでも存在感のある彼女は芸能界でも王女様的ポジションで、「荒れると煙たいけど、誰も寄せ付けないこの界隈きっての実力者」としてまかり通っていた。はずだった。熱烈なファンだというイヴが現れるまでは。

謙虚で従順なイヴはマーゴを崇拝し、彼女のためにどんな仕事でも正確にきちんとこなした。観客も、初めはなんていい子なんだろうと彼女にうっとりしてしまうはず。凛としていながら幼さが残る彼女の魅力は、白黒画面でも、もしくは白黒画面だからこそ、綺麗に映えていた。

そして始まる、周りから優秀だいい子だとちやほやされるイヴに対するマーゴの嫉妬。8歳下の恋人に当たり散らしてしまう彼女は、第三者からしたら痛いところもあるけれど、それは彼女が短気だからではなくて、不安で怖くて仕方ないからだった。若くて才能のある美しいイヴ。自分が霞んでしまうような、将来が急にしぼんでいくような、抑えられない焦りと恐怖と自己嫌悪。分かっていてもマイナスの感情を発信することでしか自分の弱さを見せられない彼女のプライドの高さを、ベティ・ディヴィスの裏切らない演技力が最大限に表現していた。

この演技があるからこそ、後半にマーゴが気を許せる友人のカレンにぽろっと本音をこぼすシーンの彼女の繊細さが胸に刺さる。野心を形にして厳しい芸能界で常にトップとして君臨する彼女が犠牲にしてきた誠実さ、女らしさ。控えめな姿勢。でも、これがないと女じゃないのよね、と寂しげな瞳で誰に言うともなく呟く彼女を見ていると、今まで背負ってきたものの重み、これまで屈しなかった彼女の強さと同時に、本当は誰かに甘えたり弱音を吐いたりしたかった気持ちが感じられて、本当に本当にマーゴというキャラクターを好きになってしまった。

正直、途中でビルはどうしてマーゴが好きなんだと疑問に思ってしまうときもあった。でも、自分をしっかりと持った頼もしさのある女性が、本当は足が震えながらも必死になって強くあろうとしているのを見ていたら、傲慢なようで本当は誰よりも頼りないか細さを兼ね備えていると知ってしまったら、惚れちゃうよなあと納得。ビルの寛大さ、包容力もあっぱれだけど、マーゴという女性の魅力は計り知れない。

ただ、今回悪役に近い形で描かれるイヴも、本当に女性の「あくどさ」「怖さ」を単に体現したキャラなんじゃなくて、夢を叶えたいって気持ちが歪んでしまった悲しさ、切なさも同時に表現している役だと思う。何通りもの顔つきや態度を見事に演じ分けてしまうアン・バクスターの名演が光っていた。

個人的にはカレンの人柄がすごく好きだったな。ひとをひとつのことで判断しない。耳に入るすべてのことが真実ではないと知っていて、きちんと自分の目と耳で物事を判断していく。決して干渉することはないけど、簡単に突き放したりしない見えない「寄り添い方」ができる、芯があって温かみのある人物だった。マーゴのようなひとが親友として話したくないのも完全に納得できてしまう。

女にしかわからない感情がある。それは本当にそうで、もちろん逆もしかりなんだけど、その男女のすれ違いだとか、複雑さだとかを、とても丁寧に、それでいてわかりやすく描いているという点で、本当にこの作品は脚本が優れていた。始めに結末が提示されるから、過去から遡る形式で話は進んでいくんだけど、ラストのラストにこの話の面白さがまたひとつ練りこまれていて、観客を唸らせてくれる。

歪んだ思い、腐った感情を全面に描いているようで、実はひとの持つ感情を丸ごと肯定してくれる、本当に愛おしく素晴らしい作品だった。午前十時の映画祭上映作品、そしてアカデミー賞作品賞は、決して裏切らない満足度だ。
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