湯林檎

愛と哀しみのボレロの湯林檎のレビュー・感想・評価

愛と哀しみのボレロ(1981年製作の映画)
5.0
最高に素晴らしい1本。文句なしの満点💯
芸術を愛する全ての人にお勧めできる傑作。クラシック音楽、ジャズ、バレエのいずれかが好きならば絶対に観て損はない作品だと思う。

言ってしまえばこの作品自体が「ボレロ」(作曲者:モーリス・ラヴェル)そのものであり、トルストイの「戦争と平和」やミッチェルの「風と共に去りぬ」など戦争時代を舞台とした群像劇は多くあるが今作も前述に記した2作のようにWW2が物語のターニングポイントの1つとなっている。そのため酷くて目を背けたくなるような悲惨な出来事も描かれている。しかし、前半で描かれる悲しい出来事に対して後半は徐々に明るい方面へ盛り上がりを見せていく。
フィクションでありながらも人間模様や演出がリアルで緻密、そして非常に見応えのある作品だ。

⚠️以下ネタバレを含みますのでご注意ください。





数多くの登場人物の中でも私はピアニストのシモンとヴァイオリニストのアンヌ、そして息子のロベールと孫のパトリックの一族のエピソードに思わず涙を唆られた。特に精神がボロボロになっても息子を探し続けるアンヌには切ない気持ちになった。
そして、この作品の構造が「ボレロ」そのものと言った訳は指揮者、バレリーナ、ピアニスト、ヴァイオリニスト、歌手、ジャズミュージシャンとありとあらゆる芸術のプロフェッショナルの人々が複雑に絡み合って最後には1つの作品を作るからだ。

この作品の登場人物たちにはいくつか実在の人物をモデルにした人物がいるが、中でも指揮者のカール・クレーマーの描き方がモデルのヘルベルト・フォン・カラヤンに想像以上にオマージュが込められていて興味深かった。実際に彼も元ナチスの党員でソ連から演奏停止処分を受けた上に生涯で3度結婚していて何気に女好きだったのでパートナーがいるにも関わらずエブリーヌと恋に落ちてしまうところなど思わぬところまで似ていてびっくりした笑
また、彼が2人の批評家の前で演奏した曲はブラームス作曲の「交響曲第1番」。この曲は実際にカラヤンが日本公演で演奏した時に特に評価された曲である。
あともっと言うと指揮を振っている時の横顔がカラヤン本人に似てる時があった。

ここから先は脱線して今作を含む私のお気に入りの映画との関連について述べていきたいと思う。この映画を鑑賞して他の私のお気に入りの映画との繋がりとそれについての個人の見解を書かせて頂く。
1つ目は「アマデウス」。作中でアマデウスことヴォルフガング・アマデウス ・モーツァルトに嫉妬をする音楽家アントニオ・サリエリは史実では音楽教師として名高く、ベートーヴェンやシューベルト、リストと言った歴史上重要な音楽家たちを育てた。そしてサリエリの指導を受けた1人でありサリエリと良好な師弟子関係を築いていたとされるベートーヴェンは音楽の在り方の変遷、音楽家の独立に貢献した。こうして皆が知るように音楽史上最も高名な作曲家の1人となった。そのため、彼に影響された後世の音楽家は数知れず。
そして2つ目は「ルートヴィヒ」(1972年のと2012年のと両方)。この映画の主人公であるバイエルン国王のルートヴィヒ2世を魅了した作曲家ワーグナーは先程名前を出したベートーヴェンの交響曲を15歳の時に聴いて深く感銘を受けて作曲家を志し、ちょっと名前を出したリストは彼にとっては若い頃の恩師であり後に妻となるコジマはリストの娘である。映画で描かれるようにワーグナーはルートヴィヒ2世の援護と支援を受けてバイロイト祝祭劇場を作り楽劇というジャンルの第一人者となってロマン派歌劇の頂点に立ちその後の音楽界に大きな影響を与えた。また、リストは交響詩の生みの親であり、ワーグナーが亡命して生活に苦しい時に援助もしてくれた。そう、リストがいなければワーグナーは作曲家として大成しなかった可能性もあるのだ。
そして今作でもエンマ・カルヴェがとあるシーンでワーグナーの名前をちょろっと口にしており、この時代既に偉大な作曲家として認知されていることが分かる。そして始めの方で私が1番が最も好きな作曲家であると公言したドビュッシーも若い頃はワグネリアンだった。※その後ドビュッシーは紆余曲折してアンチワーグナーへと変わっていき、今作で歌われている「ペレアス〜」はまさにワーグナーへのアンチテーゼだ。
また、今作のタイトルに含まれている「ボレロ」の作曲者であるラヴェルが一瞬登場する。
そして今作ではラヴェル、ベートーヴェン、ブラームスの楽曲が鍵となる存在として登場する。
映画自体は特に何も関連性はないが作品の背景となった史実に注目すると共通点が見えてきて1つの歴史絵巻のように繋がっていて面白味がある。

私は学生時代に吹奏楽部に所属していたけど、少なくともこの「ボレロ」は絶対やりたくない曲の1つだった(因みにラヴェル自身はドビュッシーに次いで大好きな作曲家です)。この映画を観ると分かると思うけど、1つのパートが少しでもズレてしまったり或いはそのパート自体が技量不足するだったりすると音楽全体がドミノ崩しのように崩壊してしまうので下手に手を出すと良くも悪くも自分たちの演奏レベルが漏洩してしまうからだ。(まあ自分の場合は悪い意味で演奏のレベルが知れ渡ってしまうから嫌というネガティブな意味でw)
そう言った意味ではこの映画の邦題に"ボレロ"を含めたのは本当にナイスで、人間も音楽や芸術と同じように1つのパーツが欠けていたら名作、傑作は生まれていなかったかもしれない。
今こうして素晴らしい音楽や芸術が観られるのは激動の時代を生きてきた人々がいるからこそ。そう強く感じさせてくれる作品だった。
今はまだ完全版を観るチャンスがないのだがこちらも必ずチェックしておきたい。

P.S.「ボレロ」の演奏はブーレーズ指揮、ベルリン・フィルハーモニー演奏が個人的に気に入ってます🎶
https://twitter.com/yuringo00001/status/1273383072906399745?s=21
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