sunchild007

怪物のsunchild007のネタバレレビュー・内容・結末

怪物(2023年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

羅生門形式で語られていく物語。

視点は安藤サクラ演じる母親から①
次の視点は少し変わった癖のある、永山瑛太演じる保利先生から②
最後は湊の視点から③として以降話していきたいと思います。

①でまんまと罠にはまり②で違う視点が開けていくことにおどろき③ですべてを覆されるし、腑に落ちていく。
それも、子どもたちにも放火や先生を陥れてしまったという「怪物」の側面があって、それだけでなく、ほんの少ししか登場しない人物さえも、その言動が「怪物」の一端をになってしまっているところに、この物語のすごみを感じました。

〜同性を愛するということ〜
この映画に対して、同性愛を描くのに無自覚すぎるという批判が一部界隈で起こっているが、その理由がよくわからなかった。
愛情に性が含まれる前の年齢の子どもたちであれば自分の志向について揺らぐこともあるわけだろうし。
「無自覚」というのがよくわからないし監督の言うように「同性愛をことさらに強調するつもりがなかった」というのはいけないことなんだろうか。

同性愛を商業的に消費するな、ということだろうか。ちゃんとインティマシーコーディネーターをつけたり子どもの同性愛者を支援する団体の助けも借りているそうで、なにに対して、一部の人たちの批判が向いているのかは批判的な人たちのSNSに投稿された意見や記事を読んだけれども
私にはわからなかった。

~田中裕子の怪演~
全編通じて「心ここにあらず」といった表情で
つかみどころのない校長先生が、湊と向き合った音楽室では力強い教育者の顔になるところが印象的。
教育者というと権威的だけれども、一人の大人として、人として生命力があり、目の前で戸惑い迷う幼い命に対して道を授ける芯の強さを感じ取った。
最後までいろんな出来事に対して知らん顔でいるような人という印象もあり、ラストは悲劇的な最後をただぼんやりと受け入れているだけ、という見方もできますが、救えなかった自分の無力さに打ちひしがれているともとらえることができ、非常に多様なグラデーションのある存在感でした。


~湊と依里と子どもたち~
子どもたちの存在感がすごくあった。
もちろん湊と依里の存在を邪魔せず、でも先に書いたように
一人も無駄なエキストラがいなかったと思う。
是枝監督の子どもに対する演出力はものすごいと思った。

~③を見て~
悲劇としてとらえても、なにか救いがあったととらえたとしても、すごく美しいラストにまとまっているんだけど、それだけのとらえ方でいいのかと、自分の感覚を自問自答した。

愛情がたくさんあって、一生懸命な母親と二人で暮らしている湊。
息子を受け入れられず、激しい折檻と矯正をしていく結果、自分自身が歪んでいることに気づかない父親と暮らしている依里。
「生まれ変わりとかそういうのないと思うよ」
「あー、よかった」
土砂崩れの場所から無事に還ったように見える二人の会話は仮に二人の死後の姿をファンタジーとして描いていたとしても違和感のある会話になる。それとも、生まれ変わりの無い死後の政界=輪廻からの解脱ということか?
「そういうのはないと思う」=「世界は今まで通り、自分たちも今まで通り」として、あの場所に柵がなくなっていたのは、この事を通じて大人に近づいた彼らの前に一つハードルが無くなったということなのか、それとも、この世のものではない世界に彼らはいるのか。

ただのファンタジーで終わらせる監督ではないと思うので、この最後のシーンについて、色んな人と会話してさらに物語を探ってみたいなと思う。

〜坂本龍一さん〜
自分が10代の頃からずっと好きでした。
教授の曲でこの映画を装飾されているのが、本当に嬉しかった。既にある曲で構成されていましたが、私にとって最後に出会った教授の映画音楽です。その一端が『aqua』で良かった。
教授、どうもありがとう。どうぞ安らかに。
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