Yukenz

658km、陽子の旅のYukenzのレビュー・感想・評価

658km、陽子の旅(2023年製作の映画)
3.6
filmarksの完成披露試写会にて。
熊切監督の作品は初見。かなり特異なテーマで正直万人受けする作品ではないので、心して見て欲しい。

菊地凛子演じる陽子は社会に適合できず、人とのコミュニケーションにも難のある引きこもり女子42歳。特に前半は他者との会話すらままならない状態で、彼女の過去もよく分からないので共感し難く、見ていてかなりしんどい。テンポがよくなく時の流れが長く感じる時間帯。

転機はトラブルで高速道路のPAに一人取り残され身動きできない状態となってしまった時。携帯電話もなく、所持金もごく僅か。そこから彼女に接してくれる人たちと時を共有し優しさに触れることで、本当に徐々にではあるが閉じ固まった心が溶解していく。
初めは優しさに触れてもお辞儀するのが精一杯で相手への関心は低く、お礼の言葉も出てこない陽子だったが…

終盤のヒッチハイクした車の中での彼女の独白が一番の見せ所だろうか。
色々と手遅れになってしまった自分への嫌気と、それでも優しくしてくれる人たちへの感謝、そんな人たちの気持ちに応える為にも何かを変えていかねばという切なる思いが湧き出し、東北弁の優しいイントネーションを通じてしんみり伝わってくる。頬を伝わる一筋の涙が印象深い。

人は他者と関わることで相手を思いやる心が育まれていくのだろう。人と関わらないと即ち自分本位にしか思考が回らなくなってしまう。

陽子のようにはなるまいと他山の石として見るのか、自分自身を投影して共感して見るのか、親の立場で子への接し方を探り見るのか、人によって様々だろうが、きっと何かは伝わるだろう。

なお、世の中には優しさを匂わせながら弱みにつけ込む悪い奴らも確かにいるので、特に女性の方はホント気を付けてもらいたい。(浜野謙太の役所がいかにもいそうなゲス男で、妙にリアリティがあった。)

陽子を演じた菊地凛子の表情は、初めは俯くばかりで顔色もどす黒くていかにも病んだ人の風貌だったが、外界に出て他者との交流を持つたびに目線が上がり顔色にも血の気が通ってくるようで、どす黒さが消えて赤みが掛かっていくように感じた。場面ごとにメイクやヘアメイクを変えていたのではないだろうか。

それにしてもオダギリジョーの使い方が贅沢過ぎ。でも彼の優しいダメ男のイメージからしたら、この作品ではこんな程度がちょうどいいか。

最後に。
作品のレビューではありませんが、試写会の前の舞台挨拶で銀幕のスターたちが並んでいるのは壮観で感動的でした。
終演後のティーチインでは自分の質問が読まれないかと期待したものの叶わず残念でしたが、目の前の容姿端麗な菊地凛子がこのイタイ陽子役を演じていたということが不思議な感覚でした。これぞプロフェッショナルですね。

運営の皆さま、ありがとうございました。
凄くいい思い出になりました。
Yukenz

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