2023/8/27 レビュー追記
初見で映画を見た帰りに妙にガッカリしてしまった勢いで、鼻息の荒いレビューを書いていたが、雑誌「Switch」で本作の特集を組んでおり、本来はパンフレットに記載されるであろう記事がたっぷりと掲載されていて、思わず読んでしまった。
宣伝なしで自由に作らせる代わりに、色んな所で保険をかけていたんだなと、プロデューサーの腹の底も少し伺えた。観客に対して騙し討ちな要素も感じはするが、特に否定はしない。そこまでして作家ファーストを貫くのも一つの美学かもしれない。
最初は2.0と制作に携わったアニメーター達へのリスペクトも労いもないスコアを付けていたので修正をさせてもらった。そもそも今の時代に手書きに拘った作品の時点で低評価はありえなかった。作品と向き合う回数を重ねるごとに、本作への印象はもっと変わるということも感じてはいる。
なぜ、あんなに腹がたったのかSwitchを読んでなんとなく理解した。今回は作画の殆どを後輩のアニメーターに任せていたからなのだと感じた。個々に素晴らしい作画ではあったのだが、ストーリーとの整合性を取るには、やはり本人の作画である必要があったのかもしれない。彼の独壇場の作画作品を子供の頃から浴び続けて来たのだ…まるで別人になってしまっていた感覚に寂しさを覚えたのかもしれない。
要はそれだけ彼が他人に仕事を渡せるようになったということだ。ずっと手放せなかった拘りを捨ててまで作りたかったものは何なのか改めて興味が湧いた。
現場の様子を作画監督を務めた本田雄氏が語っていたのだが、とても遣り甲斐があったそうだ。携わったアニメーター達がまだまだ続けたかったと、楽しみながらやっていた様子が伺えた。才能あるクリエイター達のイキイキとした姿が見えて来て、もう一度彼らの目線で映画を見直したいと感じた。
あとはやはり、高畑勲との決別の意志を強く感じたことも寂しさの一要因かもしれない。それらも含めて考察めいたことをするには、もう少し作品と向き合う必要があるかもしれない。
2023/7/19 レビュー
正直に感想を述べると、観ているのがとても辛かった。
途中、何度も席を立ちたくなった。
とても宮崎駿の作品とは思えなかった。
高齢での作業なので、今までとは異なる作品になっているだろうことは覚悟をして鑑賞に臨んだが、想像を越えていた。実は息子の宮崎吾朗の作品なのでは?と少し疑った。
新海誠の『星の子』と宮崎吾朗の『ゲド戦記』を髣髴とさせる欠点が目立った。
宮崎駿が無念の降板劇をした『リトル・ニモ』の原作をオマージュしているような描写も見受けられたので、原作は宮崎駿なのだとは思うのだが、、
これまで一見真っ白で美しく見える作品の中に、彼の悪意を散りばめて作られていた。見る人によっては悪意を全く感じさせなかった。そんな彼の才能が好きだった。
だが、今回の作品は悪意に満ちていた。
彼の世界から高畑勲が消えるとこんなにも絶望的になるのだな。
庵野秀明の『新エヴァンゲリオン』や片渕須直監督の『この世界の片隅に』の影響も感じさせ、心中を察するものがあった。
今回は考察祭りに参加する予定はない。