サマセット7

君たちはどう生きるかのサマセット7のネタバレレビュー・内容・結末

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

スタジオジブリ作品。
監督・脚本は「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」の宮崎駿。

[あらすじ]
第二次世界大戦中の日本にて。
火事で母を亡くした少年・真人は、父と共に東京を離れ、田舎に移り住む。
そこで待っていたのは、父の後妻となった、亡き母の妹・夏子であった。
軍事工場の上役である父と継母と召使の7人の老婆の巨大なお屋敷での暮らしに、複雑な思いを抱く真人の前に、人語を話す妖しい青鷺が現れる。
青鷺は、亡き母に会わせると嘯き、真人を敷地内の森にある閉ざされた塔に導くが…。

[情報]
スタジオジブリの23作品目の劇場用アニメーション作品。
2013年の風立ちぬを最後に引退を宣言していた宮崎駿が、引退を撤回して10年ぶりに監督・脚本に復帰した作品である。

公開前にメディアも含めて一切の情報を明かさず、ポスターを除き、広告宣伝や予告も行わない、という異例の戦略のもと、2023年7月14日に公開された。
本日は公開7日目である。

タイトルは、吉野源三郎の同名小説の題名からとられているが、同小説はインスピレーションの元になったに過ぎず、内容は宮崎駿によるオリジナル作品である。
なお、小説は、コペルという名の少年が、叔父との交流を通して成長する、という教養教育小説の古典である。

声優や主題歌も一切公開されていなかった。
蓋を開けてみると、声優には、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉、大竹しのぶなどなど、豪華俳優陣がずらり。
エンドロールで流れる主題歌は、米津玄師が担当した。
主演は、CUBE、ラーゲリより愛をこめて、などの、山時聡真。

公開4日で21億円の興収を上げたと報じられており、初動は千と千尋の神隠しを超えている、とのこと。

[見どころ]
タイトルが示唆する、メッセージ性に尽きる。
御年82歳のレジェンド宮崎駿は、誰に、何を伝えようとしているのか??
不思議の国のアリスや夢の中を思わせる、ファンタジックなストーリーは、何を意味するのか?
観客に読み解きを迫る、もののけ姫、千と千尋、ハウルなどでも見られた、ハヤオ節が復活。
スタジオジブリ謹製の美しいアニメーション。
風景描写が感動的。
明らかに意図的に仕込まれた、過去のジブリ作品オマージュ。
その意味とは!!???

[感想]
あらすじすら公開前に秘匿されていた、という作品の性質上、感想を語るなら、何を言ってもネタバレにならざるを得ない。
そのため、以下、視聴後前提、ネタバレ全開です!



「君たちはどう生きるか」というタイトルの時点で、宮崎駿が、我が子・宮崎吾朗に対するメッセージを込めた作品になるのではないか、というのは予想していた。
感想としては、予想的中、という感じ。

むしろ、そのメッセージの中身は何か?という点が、今作を視聴中、最も興味を惹かれた部分であった。
おそらくだが、宮崎駿監督自身、そのようなメタ的な観られ方をされることを、想定して作品を作っているのではないか。

戦時下、病気の母、都会から地方への転居、父が軍事工場の長で、そのため、庶民よりも裕福な生活をしていた、という冒頭は、そのまま、東京から宇都宮に移り住んだという、宮崎駿監督自身の幼少期と重なる。
このあたりから、監督の、私的な色が前面に出た作品なのではないか、という予感がしてくる。
いきなり母の死から始まるあたり、冒頭から濃厚に死の匂いが漂う。

主人公真人と、継母にして叔母の夏子との出会いのシーンは、異様なまでに生々しく、母の死の痛みに囚われた主人公の複雑な心境を、説明セリフなしで、観客に悟らせる、匠の技。
しかし、異界めいた豪邸と7人の老婆が出てくるあたりから、徐々にファンタジックな色合いが増してくる。

主人公が、謎の青鷺と対決し、消えた継母を取り戻すため、本格的に異界に飲まれるまでが、第一パートか。
誘惑する青鷺のセリフも、死を想起させる。
今作は、三幕構成の、異界への行きて帰りし物語、とまとめられるだろう。
過去作でも頻出した、典型的な宮崎作品の展開である。

第二パートは、新たなキャラクター・キリコとの異世界生活編。
生と死が、分かち難く循環している構図が、繰り返し描かれる。
墓穴然り、解体される魚然り、遺伝子の螺旋を思わせるワラワラ然り、食物連鎖を回すペリカンやヒミ然り…。
母の死に囚われていた主人公は、世界の真相と接するうち、徐々に精神的に成長していく。

第一パートで駿本人と重なって見えた主人公だが、第二パートではいわゆるジブリの男の子の主人公、という感じで、駿っぽさはあまりない。
むしろ、ナウシカ、ラピュタ、トトロ、もののけ、千と千尋、ハウルなどなどのジブリ過去作オマージュシーンが次から次と頻出するため、宮崎駿やジブリの過去作の走馬灯のように感じられる。
当然ながら、意図的に狙った演出であろう。

第三パートのインコ帝国編で、主人公は、現実の象徴である夏子と再会し、また、異界の創造主と出会い、選択を求められる。
ここで、夏子をお母さん、と呼ぶ主人公は、完全に囚われていた過去(=母の死)を乗り越えて、現実を受容する。
夏子は、あんたなんか嫌いよ!と主人公を突き放すが、主人公はそんな現実も含めて受け止める。
母親の移し身であるヒミは、依存の対象ではなく、対等のパートナーとなる。

ここまで観てきて、サギ、ペリカン、インコといった鳥たちは、人の業のメタファーではないか、と思えてきた。
空気を吸うように嘘をつくサギ。
生きるために生命を喰らうペリカン。
そして、主人公を文字通り喰らおうとし、自己の欲望のために「掟」の遵守と「世界」の永続を貪欲に求める軍国主義者めいたインコたち。

さて、異世界の創造主たる大叔父は、主人公に、世界の承継を求める。
承継者は、血縁の者でなくてはならない、という。
そして、主人公の決断、結末…。

映像の美しさに触れなくして、今作は語れない。
こんなにも美しく、深い表現力をもったアニメーションを作れるのは、やはり、宮崎駿、唯一人だ。

今作は、不思議の国のアリスのように、作り手に世界観について説明する気がさらさらないタイプの作品である。
豊かなディテールに満ちているが、ほとんどのディテールは、物語の伏線として機能しているか、怪しいところがある。
その意味で、今作がよくわからなかった、という感想が出てくるのも理解できる。
メタな読み解きを除いて、純粋なアドベンチャーとして面白いかどうかは、かなり好みが分かれるかもしれない。

だが、後述のテーマに照らすと、全てが一貫しているようにも思える。
個人的には、宮崎駿のメッセージが読み取れた気になれたので、満足した。

[テーマ考]
私が考えるに、今作は、宮崎駿から、クリエイターとなった彼の2人の子供に対して、「君たちはどう生きるのか」を伝える作品である。
タイトルそのままということだ。

肝心のメッセージは、大叔父からの提案と、主人公の回答、その結果異世界の至る顛末から読み取ることができる。
すなわち、宮崎駿の血縁者である子、特に宮崎吾郎に対して、「スタジオジブリ」を継ぐようにさまざまな圧力がかかるだろうが(現に圧がかかっているし、批判もすごいが)、そんなものは、ぶっ壊して、自分の現実を、思うように生きればいい、ということだ。

今作の異世界が、スタジオジブリのメタファーであることは、様々な描写から示唆されている。
意図的に組み込まれた、数々の過去作オマージュ。
大叔父が手渡そうとする十三のブロックは、宮崎駿の監督作が13作であることに由来するのだろう。
宮崎駿の高齢。
作中で繰り返される死のイメージ。
高畑勲や近藤喜文といったジブリの中心的アニメーターたちの死。
宮崎吾郎監督作品の不評。
近年の「将来のジブリを憂える」外野(私のような)による、大きなお世話と言うしかない「世間の声」。
壊れかけの異世界…。

こう考えると、作中のインコは、無理やり過去の「ジブリの栄光」を延命させようとする、我々そのものだ。
ジブリは、宮崎駿と一緒に、壊れてなくなってもいいではないか。
まっさらな異世界に引きこもって、悪意のない(批判を受けない)漂白された作品なんて、作らなくてもいい。
宮崎吾郎は、自分なりの現実の中で、好きなように作品を作っても、作らなくても、思うようにやればいいのだ。
インコどもの言うことなんて気にするな!!!

ヒミは、ラスト、主人公の存在を高らかに肯定する。
崩れ去る塔の、なんと開放感に満ちたことか。
そして、父親は、真人を心から抱きしめる。
父から子への、これ以上のメッセージはあるまい。

基本的に、今作は極めて私的な作品だと思うが、我々観客もメッセージを受け取れないことはない。
すなわち、ファンタジーに安住せず、失われた過去に囚われることなく、苦しくても現実を往け、ということだ。
82歳の巨匠のメッセージだ。
真摯に聞くべきだろう。

[まとめ]
宮崎駿監督の10年ぶりの復帰作にして、後の世代へのメッセージを込めた、集大成的作品。

印象に残るシーンは多いが、特に好きなのは、青鷺関連のシーンだろうか。
序盤の不気味な暗躍とか。
一転コミカルなクチバシに栓を詰めるところとか。
台所で助けに来てくれるところとか。
彼は何のメタファーだろう。
髪型からすると、鈴木敏夫P???!