しの

ザ・キラーのしののレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
3.4
スマートな殺し屋がスマートにスマートさを逸脱していく過程を淡々と捉える変な映画。フィンチャーらしいリアリズムは堪能できるが、基本はかなり抑制されている。ただ思うにこれは、まさに「物の溢れかえる資本主義」において他者すらモノ化していくことへの怒りの表明なのかもしれない。

主人公は「対象と距離を保って感情移入するな、どうでもいい、即興ナシでただこなすだけ」という旨のマントラを唱えているが、いざ自分がそれをやられるとどんどん真逆のことをやるようになる。つまり即興で距離をどんどん詰める。これが「距離感のバグった現代社会」への抵抗に思える。「色んなモノを使い捨ててはゴミ箱に入れる」という行為の反復に象徴されるように、主人公もまた物質が飽和状態になった資本主義システムのなかで“使い捨てられる”存在でもある。ダメだと思われたら指先ひとつですぐ切られる。そんななかで自分のスタイルをいかに貫くのか、逸脱するのか。

この問いに、この映画の「スタイル」自体が答えているといえる。主人公は完璧主義のようでシステムに翻弄されているだけともいえるし、例のマントラを唱えれば唱えるほど小物に見えてくるシュールさがある。しかし、そこで主人公が見せる「染みついてしまった」挙措を見ているだけでも面白いのだ。グラスとクローシュを使って警報装置をつくる動作の豊かさ。それは即ち映画というものの面白さであって、本作が提示している希望だろう。

その意味では、中盤の破れかぶれなアクションをフィンチャー的なリアリズムとテンポ感で撮るシークエンスは白眉だった。自分なんかはこういうのをもっと見たかったと思ってしまうが、言ってしまえばあれはある種のサービスなのだろう。やはり主眼は「隙を見せれば埋没しがちな社会の流れに抗う武器は、自分のスタイルなのだ」という所信表明にある。極上の雰囲気映画と評しても良いかもしれない。
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