しの

アンダーカレントのしののレビュー・感想・評価

アンダーカレント(2023年製作の映画)
3.7
原作のある今泉作品の中では比較的上位だと思う。対面の2人を真横から映し続ける特徴的な演出が、今回は「一見静かな日常のやりとりでも水面下にはそこに表出しない情動がある」という演出として、時たま効果的に踏み越えられるイマジナリーラインと共に新たな形で活用されていた。

題材的にも、原作と今泉監督の相性が良かったのだと思う。「相手をわかるとはなにか」という問いから始まり、最終的には「相互理解だけじゃない“想い”を尊ぶ」という着地になるあたり、非常に今泉作品的だった。嘘をつき続けて本当の自分が分からなくなった人、というモチーフはフィクショナルだが、それを違和感なく実写に落とし込めているのはこの監督の力量だと思う。

特に、ミステリーの「解答編」として2人が岬で対話する場面の、これまでと全くテンションが変わらない抑制っぷりがむしろ効果的だ。このクライマックスが良いのは、全てが破綻して今や事後的に「わかろうとする」ことしかできない、というある種の達観があることだと思う。それが何にも繋がらなくても、相手の気持ちを確かめずにいられない。やりとりが事務的になればなるほど、むしろそこにあった想いの強さが明確になるという逆説がある。

つまり本作を一貫する「一見静かなやり取りでもその奥底には……」というモチーフのある種の結実がここにあるのだ。普通だったらここで激情が溢れ出して……みたいな感傷的な展開になりそうなものを、むしろ後の祭りでしかないことが強調され、しかしそれこそが希望に転じるという。

その希望をダメ押しのように提示するのが、その後の主人公と堀との関係性だ。つまり「傷ついた自分を守るための嘘」が、同じく傷ついた他者を救っていたという真相が明らかになる。正直、あまり意外性のある展開ではないものの、主人公と堀の三度目の食事シーンがこの提示を雄弁にしていると思う。ここでは、主人公が何気なく「本当の相手をわかろうとした」ことが堀の心の扉を開いて、まさしく「奥底」が激情と共に提示される。言うまでもなく、これは直前の場面、すなわち最後までお互いに激情を露わにしなかった夫との対話と対比になっている。

ただし、本作はその二つの関係性に明確な優劣をつけていない。外面に表れ出ない「奥底」を分かり合うことを、必ずしも良きこととは描いていないのだ。しかし、それを分かろうとしたり、あるいはただ寄り添おうとするという性質は、多かれ少なかれ人間に備わっているはずで、それが何をもたらすかは別として、そういう性質の存在自体は尊いのではないか、という目線がある。それはたとえば、「首を締める」という自殺願望的な呪いのモチーフがクライマックスでは「想いの証」として主人公がある人の首にかけるものとして反復されたり、ひいてはラストカットの「絶妙な距離感」に不確定ながら開けた未来を見ることができる点などからも明らかだと思う。

一見起伏のないように見える2時間半は正直長いが、「奥底」が見えるまでの時間として必然性はあるだろう。ただ、個人的にはこれでもまだ全体的に説明的だと感じる。特にクライマックスで主人公が言う「分かってなかったのかも」とか、あるいはサブじいが何でもうまい具合にまとめてくれるあの感じとか、鼻につく部分はあった。今泉監督オリジナル作品ならもっと自然に落とし込む気がする。

とはいえ、この「取り返しがつかなくなってからどうするか」を語る際に「傷ついた自分を守るために何かを演じること」がキモになるあたりはたとえば濱口竜介作品にも通ずると思う。改めて、人間の“本音と建前”みたいなところを深掘っていけるのは日本映画の強みだと感じたのだった。
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