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沈黙の艦隊のnetfilmsのレビュー・感想・評価

沈黙の艦隊(2023年製作の映画)
3.5
 監督が『ハケンアニメ!』の吉野耕平だと聞いて令和時代の新時代潜水艦アクションを期待したのだが、いやいやこれは幾ら何でも流石にない。力のない個人が国家の謀に翻弄されるというイメージそのものは『ハケンアニメ!』の吉野耕平も上手く汲み取りながらトレース出来ているものの、流石に冷戦時代の社会構造を30年後の未来に移植すること自体が最大の悪手だと思う。もはやあの頃の政治観と今の政治観とでは雲泥の差があるのに、建て付けそのものを移植してOKだとする東宝の目論みそのものが土台無理な話だと思う。かわぐちかいじの『沈黙の艦隊』の漫画は米ソ冷戦構造化の日本の立ち位置をドラスティックに示したところが多くの自衛隊員に支持されたはずで、海江田四郎の国家観というのは筋が通りつつも言いたいことを言う姿勢こそが評価されたはずなのだが、監督の吉野耕平はその辺りを読み違えていると思う。だって海江田四郎(大沢たかお)は終始、直立不動で不敵な笑みを浮かべながら大局的なことは何も語らないんですよ。これでは若い人が見れば単なるとち狂ったおじさんが独立国家をぶち上げて世迷言を話しているようにしか見えない。つまり海江田四郎という極めて優秀な人間を単なるテロリストと同列にミスリードしてしまった監督の判断が致命的な悪手と言える。

 そもそも海江田四郎の国家観とかカリスマ性が映画の中でまったく描かれていない。直属の部下だった深町洋(玉木宏)が転覆事件をでっち上げだとし、追及する。そこは深町の思惑通りとなるのだが、回想場面がことごとく2人の人間関係を開示するのみで、海江田四郎という人間の底知れぬ魅力と危険性については触れずじまいで、とにかく仁王立ちする海江田四郎の姿を後ろから前から何度も同じ構図で撮るばかりで、庵野秀明の『シン』トリロジーのようにせめて構図だけは遊んでやろうという作家的野心が少しも見えないのが残念でならない。総理大臣に笹野高志をキャスティングし、右往左往する官邸の滑稽さは『ハケンアニメ!』の吉野耕平にしては凡庸で、今さら庵野秀明の『シン』トリロジーをなぞっているようにしか見えず、政治攻防劇のスリリングさでは大きく水をあけられている印象だ。潜水艦物の醍醐味はハッチにおける攻守の攻防と何より、放たれたミサイルが潜水艦のボディにぶち当たる衝撃しかない。船員がジタバタしたとて結局は潜水艦の一員でしかなく、実はアクション的なバリエーションには限りがある。CGで付け足した部分には奇跡的な何かが備わっているはずもなく、面舵いっぱい切り返そうが数百mの距離での判断は激突するだけだと思うが、今作ではその全てが奇跡的に回避される辺りも物語的には白々しく、興醒めする。エンディングで久々にMr.Chirldrenの『Everything (It's you)』が聴けて良かったと思ったら、クレジットでAdoの『DIGNITY』だったという辺りも大作感を出したかったのだろうが流石にない。
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