第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門にロルフ・デ・ヒーア9年ぶりの新作『The Survival of Kindness』が選出された。日本ではVHS時代のカルト映画『アブノーマル』で知られる監督であるが、実は子どもの目線から観た倦怠期を描く『クワイエット・ルーム』やオーストラリア先住民ものなど様々な作品を生み出している監督である。本作はコロナ禍によりプロジェクトが頓挫してしまった中作られた作品である。
そんな彼女が出演した『The Survival of Kindness』は変わった映画であった。本作がベルリンのコンペティションに選ばれた時に、CINEMAS+寄稿用にあらすじを調べたのだが、その時はペマ・ツェテン『タルロ』のような先住民が都市のシステムに飲み込まれる話をコロナ禍と重ね合わせ抽象的に描いた作品かと思った。確かに、部分的にはそうだったのだが、蓋を開けたら終末世界冒険映画だったのだ。しかも、映画の大半がセリフなし。登場人物がわずかに話す場面でも字幕がなかったのである。今回は、そんな『The Survival of Kindness』の感想を書いていく。
『十艘のカヌー』でオーストラリア先住民をマジックリアリズム的演出で描き、『Charlie's Country』では等身大の文化がなくなり孤独を抱く先住民像を描いたロルフ・デ・ヒーア。『The Survival of Kindness』ではSF映画でありながらも、アプローチは現実的な凄惨な世界に対してひたすら歩くことで生き延びる様子を描いていた。現実では、突然ヒーローになったり聖人になるようなことはあまりない。でも、それでも微かな優しさが人を救うことがある。それを描いていた作品と言えよう。