つかれぐま

パスト ライブス/再会のつかれぐまのレビュー・感想・評価

パスト ライブス/再会(2023年製作の映画)
4.5
24/4/16@ルシネマ宮下_7F

監督の実人生が下敷きらしいが、夫のアーサーはともかく、ヘソンは架空のキャラクターじゃないかな。本当の話なら、それを世界中に公開するのは相当気恥ずかしいはずで、架空だからこそアートのレベルに昇華できたのではないかと。

ではヘソンとは何者か?
思うにノラ=監督にとっての「母国」韓国を擬人化したキャラクターではないだろうか?超学歴社会、徴兵、非婚、親との同居、イケメン、プルコギと眞露。英会話レベルは日本人並み(笑)。一般的な韓国のイメージを全部背負わせたアイコンが彼、ヘソンだ。ノラとヘソンの関係は、監督と韓国の関係と同じ。断ち切りたくても切れない、まさに「縁」だ。もしも日本設定でリメイクするなら「日本版ヘソン」はどんなキャラクター造形になるのだろうか。観たいような観たくないような。閑話休題。

余白が多い。いやほとんどが余白か。
ごく僅かなヒントで、ノラの24年間を観た人なりに想像する。そういう楽しみがある映画だった。24歳のノラは無限の可能性を信じる気力に溢れていたが、おそらく36歳のノラは作家として成功しているとは言い難い(少なくとも彼女が満足できる程には)。逆に成功しているアーサーとは(ノラの勝気な性格ゆえに)少し溝ができ始めているのかもしれない。果たしてこの人生で良かったのかと思いを巡らす。そんな時だからこそノラは「心の中のヘソン」を召喚する必要があった。

ヘソン=母国と向き合い決別し退路を断つことで、アーサーという今ココを受け入れ、愛おしむラスト。それは無理矢理な強制的自己肯定に見えなくもないが、何か一つの生き方(彼女の場合は移民で作家)を選んだ以上は、そうすることでしか前へ進めない時が誰しもあるよな。ノラが最後に泣き崩れたのは「移民だからと舐められてたまるか」という張りつめた気持ちが、ふっと解けたからではないか。

アーサーは明らかに監督のパートナー。
監督から彼への、とても知的なラブレターとして映画は幕を閉じる。決して気恥ずかしい恋愛映画ではなかった後味。