かめの

ミツバチと私のかめののレビュー・感想・評価

ミツバチと私(2023年製作の映画)
4.7
トランスジェンダーの子どもが主人公、という前情報だけで観たけれど、それはあくまで映画作品としての分かりやすい「情報」で、『ミツバチと私』はトランスジェンダーの子どもを持つ‟家族の物語”だった。監督は事前にトランスジェンダーの子どもを持つ家族たちと何度か対話して関係を築いた上で作品を制作した、と話されていたので観て納得。

母親はアイトールに「性別なんて関係ない」と言い、「自分探し」をしている途中なのだと考えている。身体が男性なのは変えようのない事実なのだから隠すことはない、けれど性別なんて関係ないじゃない、あなたはどちらでも良いのよ、と問いかけるように。

確かに、今作のアイトールはまだ自分の性自認に悩んでいるように見える。そうか、確かにはっきりと分からない子もいるはずだと考えながら観ていたが、アイトールが自分の性自認について悩んでいるのは未成熟ゆえ、というよりもむしろ、周囲からの無意識的な抑圧があるからなんだと気付かされた。家族を愛しているからこそ、「男」であるべきなのではないか、と。

だからこそ、アイトールは少し遠い関係にある叔母には正直な自分を見せることが出来る。叔母もそれを受け入れ、母親の「曖昧な態度」が真正面からアイトールと向き合っていないように見える。ここが難しいところで、母親という立場で一緒に生活していたら、決して叔母とのような関係を築くことは出来ないと思う。だから良くも悪くも、あくまでも叔母という立場だから思うこと、言えることだろう。

アイトールは母親を愛しているし、母からの愛が分かっているから、余計に言葉を伝えられない。そもそも、自分ですらよく分からなくなって、不安定な時期にいる。母親も、そんなアイトールとの接し方を上手く見つけられない。

最後まで登場人物全員の気持ちが痛いほどよく分かるし、喧嘩ばかりしていたはずの兄がアイトールの最も良い理解者で、誰よりも先に「ルチア」を呼んでくれたことに胸がぎゅっと掴まれた。

名前なんてどうでも良い、性別なんて関係ない。
それは物わかりの良いようで、どこか欺瞞に満ちた言葉だったんだな。

素晴らしい作品だったけど、一つ疑問なのは主人公を演じたのが女の子だったこと。主人公の心の性に合わせてキャスティングした、というのは分かるけれど、身体の成長はトランスジェンダーの子にとって一番の障壁だと思うから、そこを変えるのは少し不誠実なんじゃないか。
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