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夜明けのすべて(2024年製作の映画)
3.9
松村北斗×上白石萌音という、三宅監督史上最大規模の観客にリーチしそうなW主演で挑んだ今作が、「きみの鳥はうたえる」「ケイコ 目を澄ませて」以上に優しくて穏やかで温かい物語ということが、なんだか嬉しい。安易に恋愛映画に仕立てて盛り上げないところも潔い。
というか、想像以上に物語と映像と音楽が穏やかすぎて、松村北斗くんだけを目当てに来たお客さんとかは退屈だったかもしれない。でも、一部には、松村北斗くん目当てだったけど、こういう邦画の良さに目覚めたティーンとかもいるんじゃないだろうか、と想像してしまう。(それくらい松村北斗ファンが劇場内には多そうだった。)10代の僕が宮﨑あおいを入り口に、「ソラニン」「きいろいゾウ」などでズブズブと邦画大好き人間になっていったように…。

お守りや甘いものを配って廻る藤沢は、自分でコントロールできない症候群で迷惑をかけた周囲に、お詫びのつもりで色々とモノを配りまくる。それを唯一受け取らなかった山添が、たい焼きを会社のみんなに買ってくるようになるまでの物語。夜(=パニック障害)があるからこそ、地球の外側(=他者)を想像することができるようになる、という優しさの塊みたいなロジックを山添が体現していく様に、心が温かくなる。

松村北斗演じる山添が、電車に乗れない場面。本当にどうやって電車に乗っていたのか観客もわからなくなるほど、電車に乗り込むのが格段に難しく見える。長い待ち時間に対して、乗り込むタイミングは本当に一瞬。タイミングを完全に逃してしまった山添の、文字通りドロップアウトしてしまった絶望を表すシークエンスとして秀逸。
「電車に乗れなくなる」「歩いていけるところが世界のすべて」になってしまうパニック障害の山添に、藤沢が自転車を与えることによって、彼の行動範囲を広げていく物語でもある。そんな彼らが今作のクライマックスで取り組むのが「移動式プラネタリウム」であるというのも感慨深い。生きる世界が狭まってしまった人間が、世界をまるごと運び出し、他の人たちに見せて廻る人間になっていく、とも言える。

▼余談
・今作、始まりと終わりが雨なのだけれども、傘が登場していないのが印象的。
冒頭の土砂降り。藤沢の母が警察署まで迎えに来てくれるが、親子揃って傘を持っていない。代わりに、母は自分のコートを脱いで娘と一緒にくるまる。
雨に濡れないようにすることよりも、身を寄せ合うことの方が重要だと母が示しているように見えた。
ラスト、母が介護の車に乗っていくのを見送る藤沢も、傘をさしていない。が、結構雨が降っている。
内田慈演じる精神科医が言っていたように、PMSやパニック障害は、完治ではなく、うまく付き合っていくことが重要。雨が降らないようにすることはできなくても、傘がさせなくても、雨に濡れる自分を否定しない、ということが表されていたのかもしれない。

・最小限に灯る体育館の電灯の下で卓球をする人々。薬を失くした山添のSOSのサインのように、流しの電灯が点滅するなど、灯りの使われ方が印象的で◎
・「ケイコ 目を澄ませて」では、主人公が目をこらすことと、観客がスクリーンに目をこらすことが重なるように、ざらついたフィルムの質感が効果的に使われていた。今作では一転、穏やかで優しい物語そのものを表すような柔らかな映像の質感が効果的だった。
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