きらきら武士

碁盤斬りのきらきら武士のレビュー・感想・評価

碁盤斬り(2024年製作の映画)
4.4
「最強の敵は 最愛の友に等しい」

井上雄彦作『ヴァガボンド』の中で剣豪の伊藤一刀斎が語るセリフだ。本作にもそうした「敵」「仇」が複数登場し、つよぽん演じる主人公・柳田格之進の運命に深く関わってくる。そして、彼らはドラマの果てに最愛の友にも等しい存在となるのだ。映画の裏テーマは「かたきLove」だ。

兎にも角にも、つよぽん草彅クンの演技がお見事。
いかにも寡黙で堅物な、けれども清廉潔白な人物を演じている。でもこれはいってしまえば時代劇の定番も定番で新鮮味は無い。刮目すべきは中盤以降の、運命が転がりだしてからのつよぽんだ。前半を「静」とするならば、後半はそれをフリにした「動」だ。激動といってもいい。また、前半の「清」に対して、後半は「汚濁」であり「恥辱」「苦界」でもある。高潔で泰然とした人格者が、怒りの炎を目に宿し、ギラギラと執念の塊となる。ついでに髭はぼうぼう、顔は垢まみれだ。ラストに向かい話は加速していき、格之進はさながら<鬼>と化す。え?ちょ、暴走? コントラストが実に鮮やか。こんなつよぽん観たことがない!びっくりである。苦悩する、生きた武士がそこにはいた。感動した。お見事。

随所に藤沢周平リスペクトが感じられる。
日本・江戸情緒への郷愁あふれる娯楽時代劇映画。キャスティング、演技、脚本、撮影、殺陣、音楽、どれを取っても穴がない。全方位的に完成度が高く調和している。控えめにいって傑作。白石和彌監督は時代劇初挑戦ながら、特大ホームランをお山の向こうまでかっ飛ばしてくれた。富士山もびっくりだ。本当にお見事としかいいようがない。

まだまだあちこちを褒めちぎりたいのだが、ネタバレになるからこれぐらいにしておく。

ネタバレ回避でいえば、映画および原作小説の話は、古典落語の『柳田格之進』(上方落語では『碁盤切り』)が大元になっていて、あらすじがネット上でも読める。検索にも普通にヒットして来るから間違えて先に読んでしまわないように注意されたし。映画鑑賞後に読まれることをオススメする。

映画は、公開2日目の、舞台挨拶生中継つき上映を観に行った。全国327館で同時生中継。いや、すごい数。1館平均100人としても、32,700人が観覧。新しいスタジアムの形だ。

登壇者は、つよぽん、キョンキョン、國村隼さん、市村正親さん、白石和彌監督という豪華な顔ぶれ。映画館のスクリーンで観るとテレビやYouTubeと違って、本当にそこにいらっしゃるような感じがする。臨場感がすごい。そして、登壇者のリラックスしたアットホームな雰囲気がよく伝わってきてとても良かった。
中でも市村正親さんの異様なハイテンションぶりが終始可笑しかった。NHKのトリセツショーで少し感じていた「え、どういうキャラ?」という疑問が、私の中でみるみる氷解し「陽気で愉快なおじさん」として腹落ちした。司会の人同様、市村さんはてっきり寡黙な人かと思っていたら、それを受けての市村さんの返しが「いや!僕はむしろ月水金ですよ!」。会場は一瞬「?」ざわざわ拡がる笑い。いや、月水金て…(笑)
(楽しい舞台挨拶の詳細はこちらをどうぞ https://www.cinema-factory.jp/2024/05/18/48618/ )

舞台挨拶の後、本編の上映。
つよぽんが舞台挨拶で話していた「柳田格之進の生きる覚悟、すなわち死ぬ覚悟を僕も見習いたい」といったことを、鑑賞後に噛み締めた。表裏一体なのだ。私もそうありたい。梵天丸もかくありたし。古いぞ。

ただ、繰り返しになるが柳田格之進の人物像は定番のものではある。頑固で不器用ながら清廉で人を引き付ける魅力がある人物。こすられすぎた感がありつつも、本作において描き方によっては令和においても観客の心に深く刺さることが証明された。映画は「古き良き日本、そして日本人。」なるものへの憧憬を美しくかきたててくれる。

それと同時に、随所に時代がかった日本的なものを上手に配置していて、外国の人々の眼も楽しませるように意識しているように感じられた。武士と囲碁と吉原と富士山。四季折々の風物。とてもわかりやすい、クールな江戸観光ムービーの側面。
個人的には、蝋燭の灯りなど当時の薄暗い室内を再現した映像が面白かった。蝋燭だけのガチ撮影ではなく照明は使っているように観えたが、碁会所の薄暗い室内で庶民が黙々と碁を打っているカットなどは江戸の日常情景を垣間見るようで興奮した。
脚本もよく練られている。メインの柳田格之進の人情話や仇討ちの話しに加えて、若い二人の恋の話が色を添える。最後はメインの話に合流する。伏線回収も綺麗にはまっていって快感だ。原作小説も読んでみたくなった。

時代劇が好きな人は勿論、多くの日本人に、いや世界の人々にも観てもらいたい。娯楽時代劇の傑作。クールジャパンPR観光大使としても活躍してくれそうだ。

元々時代劇が好きなので、久々の特大ホームランに興奮して暑苦しく褒めちぎってしまった。それでもまだ興奮冷めやらず、何なら時代劇ファン界隈を「御注進!御注進!」と叫びながら走り回りたいぐらいである。

ああ、楽しかった。また観よっと。

#2024 #38
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