あや

ぼくたちの哲学教室のあやのネタバレレビュー・内容・結末

ぼくたちの哲学教室(2021年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

とても分かりやすく観やすい映画だった。

この哲学の授業の背景には、ベルファストの宗教間の紛争があるけれど、哲学そのものは宗教も地域も人種も時代も関係ない、永久不変の人間が生きていく上での共通事項だと思った。

この学校での哲学の授業では
相手の話を遮らない
相手の意見を否定しない
ことが徹底されており、自分の意見を積極的に発言する環境が作られていた。
相手の言うことに疑問を持ち、疑問に思ったことを聞き返すという単純明快そうなことでも、みんな同じ方向を向くことを良しとされる日本の社会では疎まれる。
話し合いができないことがいじめや攻撃的な社会に繋がるような気がする。

哲学は、年齢や学歴や階級など関係なく、
頭が良いから才能があるから年齢を重ねてるから適切な回答ができるわけでもなく、正解を求めるものではなく思索をするものであり、相手の意思を尊重すべく最適な手段だと思う。

校長が、学校の壁を破って家庭にまで哲学が届いてほしいと言って保護者にも哲学の授業をしていたことが素敵だと思った。
哲学は簡単に答えに辿りつかないからこそ、色々な人とたくさん思索しなくてはならない。

おそらく、感情に任せているときは人は正常な判断はできない。
なぜ腹がたったのか?なぜ殴ったのか?なぜイライラしたのか?
そういった怒りの感情全てを言語化することで、自分の過ちや間違いを知ることができるのではないかと思った。
そして思索することこそ、争いをなくす唯一の方法だと思う。
あや

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