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私がやりましたのfujisanのレビュー・感想・評価

私がやりました(2023年製作の映画)
4.1
鋭いメッセージを可愛い包み紙で包んだ洋菓子のような映画。

「スイミングプール」など、強い女性を描くのが巧いフランソワ・オゾン監督によるコメディ映画。

予想していたよりもコメディに全振りした映画でしたが、1930年代のパリを美しく再現し、フランスの若手女優を抜擢した新鮮味のある活き活きとした映画で、今年観た映画の中でも上位に来る素晴らしい映画でした。

1934年作の戯曲『Mon crime』をベースに配役を男性から女性に変更したり、よりドラマチックに表現するために女性の職業を作家から女優に変更するなど大胆に内容を変更し、現代に合う形に丁寧にリメイクされた作品。


■ 『私が彼を殺しました。』、『いいえ、彼を殺したのは私よ。』

犯人を取り合うっていう意外性がこの映画の面白いところですが、理由は深いものでした。

物語の主人公は若い女性二人。売れない女優のマドレーヌ(テレスキウィッツ)と駆け出し弁護士で親友のポーリーヌ(マルデール)は、とにかくお金がなく家賃を何ヶ月も滞納している状態。

そんな中、マドレーヌは大物映画プロデューサーから役をもらうのですが、代わりに招かれた自宅でレイプされそうになり、辛くも逃げ出します。その後、プロデューサーは射殺体として発見され、マドレーヌは一方的に容疑者とされます。

あれ?どこかで聞いた話、、と気づいた方はさすがです。

そう、本作はコメディの形を取りながらも、ハーベイ・ワインスタインによる性的暴力や、フローレンス・ピュー主演の映画「レディ・マクベス」で表現されていた家父長制下の女性の権利など、虐げられる女性の物語なのでした。

フランソワ・オゾン監督はインタビューで2つのことを語っており、ひとつはコロナ後も暗い話題が多い世界に笑いが提供できるコメディ作品にしたかったということ、もう一つは女性の物語にしたかった、ということでした。

家父長制のもと、女性は小切手も持てず、投票権もない時代。就職も自由ではなく、”正妻になるか愛人になるか”が選択肢のほとんどだった時代に、一生懸命成功を勝ち取ろうと奮闘する女の子二人のシスターフッドストーリー。

本作の後半は法廷劇となり、『女をいい気にさせるな』、『なぜ愛人契約を断ったのか』など女性蔑視丸出しの検察官に対して、弁護士のポーリーヌは『女性としてのキャリアや人生を何の制約もなく手に入れたい』と言い返します。

そんな、文字で書くと刃物で切り合うような殺伐としたイメージをコミカルなコメディとして表現している監督の手腕はさすがですが、監督は同時に100年近く前の原作のセリフが今でも通じてしまうことの問題も提起しているのだと思います。

マドレーヌは容疑者になることによって法廷の場で”女優を演じ”、ポーリーヌは弁護の場で女性が元々持っているべき権利を主張する。そんな1930年代で頑張る女性を見て、勇気をもらえる素晴らしい映画でした。


■ 映画について

□ 俳優

自由奔放な女優志望の女性役にナディア・テレスキウィッツ。同居する駆け出し弁護士の女性役に、フランスの劇団出身のレベッカ・マルデール。気鋭の若手俳優二人の若さ溢れる演技に魅了されました。

また、ベテラン女優役に今も上映中の「私はモーリーン・カーニー」に主演しているイザベル・ユペールが登場。

無声映画時代のサラ・ベルナールがモデルとのことですが、『私は100本以上の映画に出ているのよ!』っていうセリフはイザベル・ユペールそのもので、ある意味、自分自身の役柄をとても楽しそうに演じていました。

また、「パリタクシー」でタクシー運転手役を演じていたダニー・ブーンが、本作でも良い役を演じていたのが嬉しかったです。


□ 映画の世界観

1930年代のパリの街並みや衣装を再現した美術が素晴らしかったです!

特に女優役のマドレーヌの衣装がカラフルで美しく、内容がコミカルな芝居調なこともあって、なんとなくウェス・アンダーソン映画の雰囲気もありました。個人的には、小難しい最近のウェス・アンダーソン映画よりも「グランド・ブダペスト・ホテル」時代のウェス作品の雰囲気があって、楽しかったです。


■ 最後に

あらためてフランソワ・オゾン監督の手腕の高さを感じた映画でした。

映画には、弁護士のポーリーヌは同居する自由奔放なマドレーヌに憧れとともに愛情を持っていることを匂わせるクィア的なシーンもあり、

家父長制からの脱却、有害な男性性、#MeToo問題、LGBTQなど、これでもかっ!っていうほどの問題を内包しつつ、洒落っ気のあるフランスみたっぷりの美しいフランス映画に仕立て上げられている、素晴らしい作品。

ハーベイ・ワインスタインの問題を取り上げた「SHE SAID」も素晴らしい作品でしたが、もう一度見るには覚悟がいる作品。でもこちらは、何度でも観たくなる作品になっていました。

残念なのは、上映館、上映回が少ないところ。私が観た回は女性を中心に満席でしたが、いい映画なのでもっと上映館を増やしてほしいものです。

配信でリリースされたら、定期的に観る作品になりそうです😊


◇ ◇

■ 余談
・監督インタビューによると、イザベル・ユペールが演じた役は原作では男性で、それをセリフそのままに女性役にしたそう。たしか「TAR/ター」のケイト・ブランシェットもそうでしたが、どちらも印象を残すもので、こういうやり方があるんですね。

・ポーリーヌが、男性の屋敷に向かうマドレーヌに『その家にもソファーがあるかもしれないから気をつけてね』って言うセリフは、ハーベイ・ワインスタイン事件をなぞってましたね・・


最後の一個はネタバレかもしれないので分けて書きます(っていうか、そもそも誰が犯人かはあまり関係ない映画なんですが・・・😅)



























最近「モーリーン・カーニー」を観てイザベル・ユペールのお顔をよく覚えていたせいか、映画の冒頭のシーンに気づいてしまいました。

冒頭、屋敷から逃げ出したマドレーヌが門から通りに出たところで女性とぶつかるシーンがあるのですが、間違いがなければ、その女性はイザベル・ユペールが演じるオデット・ショーメットでした。

これを、それを見てオデットがプロデューサーを殺しに屋敷に入っていったと見ることも、そもそも彼女も犯人ではないと見ることも出来ると思いますが、性別の置き換えといい、細かいところまで作り込まれた映画でもありました。




2023年 Mark!した映画:315本
うち、4以上を付けたのは35本 → プロフィールに書きました
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