しの

キリエのうたのしののレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
3.5
出た! 危うい話に美しく浸らせる名手。畳み方は全く感心しないが、異なる時系列をあえてシームレスに繋ぎ、常に音楽を鳴らし、お家芸の“見た目が同じ登場人物”を配置。つまり岩井的演出大集合の3時間で、「もう戻らない過去と現在の擬似的な接続」を体験させる。良くも悪くも凄まじい。

やっていることは『ラストレター』に続き「過去と現在の擬似的接続」なので、いつもの岩井俊二という感じだが、単純に物量がすごい。アイナ・ジ・エンドという“ミューズ”をはじめ、徹底的に美しく撮ってやるんだという(盗撮と紙一重レベルの)執念を感じる。その気迫だけで3時間観れた。

このアイナ・ジ・エンドは二重の意味でハマり役だと思う。絞り出しているというより潰れる寸前にも聞こえる声質が“歌以外で声が出ない人物”という設定に説得力を与えていたし、過去パートで兼役するもう1人の人物にも物凄いリアリティがあった。申し訳ないが、「そういう役どころ」が似合いすぎ。

本作では「自由に生きようとすることとその代償」というモチーフがいくつも登場する。過去は決して切り離せないが、それでも前進するべきだと。この観点からいえば、本作の特徴である時系列をシャッフルする編集について、自分はあまり混乱せず心地よく観てしまった。大きな時間の流れを感じさせつつ、そこに「現在のシーン/回想のシーン」という主従関係が働かないことで、各々の時代が等価に感じられたし、それはこの作品のテーマと相性が良い作劇なのではないかと思う。この 3時間の美しい映像と、まさに切り離せない過去の体感としての時系列編集により、「よくわからんエモさ」は感じる。

ただ、よくわからん止まりとも言う。まず、各人物の抱えるエモーションと作品が提示するエモーショナルな演出とが全く接続しない。この問題はクライマックスに集約されており、「警察に止められても歌っちゃうぜ」という展開も、そこにある人物の顛末がカットバックされるというエモーショナルな演出も、物語的に何の意味も成していないので萎えた。そもそも、この「ある人物」については劇中で不在の時間が長すぎて、あのオチを描くなら当然それまでに描かれるべきエピソードが全く語られない。代わりに身勝手な男のエピソードが延々と語られるが、こちらはクライマックス前に勝手に主人公にエモーションを感じて退場するだけという……。

あと、これは岩井俊二作品に共通する難点だが、やはり「少女の純潔性」に対する信仰が気色悪い。今回も視点の分散や、役者の実在感で見れるものにはなっているが、冷静に考えて主人公の「過去の重荷を背負いつつ癒してくれる純潔なミューズ」という造形はだいぶ“背負わせすぎ”だろう。その意味で、中盤でやたら生々しく苛烈な印象を残す「未遂」シーンなんかも(それ自体は良くできたシーンだとは思うが)、その純潔性への試練としてのフェチ全開になっていて、物語としては必然性がなかったりする。

斯様に相変わらず危ういとことは危ういのだが、3時間を長く感じさせない“浸らせ力”は今回も流石だった。「“よく分からんけどエモい”を体験したい」という需要があるなら、十分すぎるくらい応えてくれる作品だろう。
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