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キリエのうたのnetfilmsのレビュー・感想・評価

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.2
 冒頭から篠田昇のエモーショナルな撮影がない代わりに、神戸千木のデジタルな味わいがかえってエモーショナルな余韻を醸し出す。真っ白な雪の光景にオフコースの『SAYONARA』歌う女性の声。それは実人生を振り絞るような彼女の叫びにも似た言葉だ。住所不定の路上シンガー、キリエ(アイナ・ジ・エンド)は歌うことでしか“声”を出せない。ある夜、過去と名前を捨てたという謎めいた女性イッコが(広瀬すず)が、新宿南口でキリエの歌を聞いてマネージャーを買って出る。欠損だらけの孤独な彷徨者たちが奇跡的に出会うまでの過程が極めて岩井俊二的だ。渋谷ハチ公前や新宿南口前にはあれだけ雑多な人がいるにもかかわらず、実際は孤独という社会学的な不毛さを読み取るように、岩井俊二の切り取る風景は90年代以降の日本映画のルックに我々観客を落とし込む。声が出ない癖に歌は歌えるというキリエの神話性こそが彼女たちを、石巻、大阪、帯広、東京へと旅させる。やがて、行方不明の婚約者を捜す青年・夏彦、傷ついた人々に寄り添う教師・フミ、4人の人生が交差する。その上2人には実人生における名前とは別にもう1つの名前を持つ。

 応答しない手紙のアイデアが岩井俊二の重要なモチーフだとすれば、今作は正に岩井俊二の総決算のような物語である。登場人物たちはそれぞれにエモーショナルな歌にそれぞれの想いを込める。アイナ・ジ・エンドのかすれ気味の歌は相当にエモーショナルで、その存在感にびっくりしたが、途中誰かに似ていると思ったら90年代のCHARAであり、2000年代のSalyuだった。それに気付いた時点で今作は令和時代のYEN TOWN BANDの雰囲気すらある。13年にも及ぶ壮大な物語はキリエとイッコという2人の女性を中心とした回顧録と呼んでいい。現に2人はなっちゃん(松村北斗)を通じて接点を持ち、互いはバラバラに存在しながらもそれぞれが逃れられない運命を背負う。イッコを演じた広瀬すずへの演出が的確で、演技以上にミステリアスな彼女の魅力を放射状に指し示す岩井俊二の慧眼は流石というより他ない。ある意味、アニメ的な少女たちへの眼差しの強さこそが岩井俊二の中核を成していたが今作のアイナ・ジ・エンドのはち切れんばかりの演技未達なピュアな魅力には心底参ってしまう。然しながらその一方で例え震災モノだとしても、今作に178分という時間を設けた岩井俊二の判断は流石に悪手と呼ぶより他ない。仙台市を実家に持つ岩井俊二の震災への想いは十分過ぎる程わかるのだが、流石に長ぇわと。クライマックスの路上主義フェスも発想から何もが痛過ぎて観ていられなかった。それでも岩井俊二の刻印を178分漏れなく味わい、心行くまで堪能した。
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