しの

PERFECT DAYSのしののレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
3.5
東京という、文化と無関心に溢れる街のなかで、ほどほどだが丁寧な暮らしをし続けることに充足を見出す主人公は、東京で、ひいては斜陽のこの国で生きることを肯定してくれる存在だろう。それ故に甘美だし、危険だとも思う。いつも笑顔で空を見上げることから一日を始める美しさと嘘っぽさ。

大前提として、自分はこういう「降りてる人」の充足を描く作品はとても好きだし、実際、主人公の反復とそこからの細やかな逸脱の日々はそれ自体に充足感を覚えた。作中で孤独じゃないのかと尋ねられる主人公だが、彼の生活には様々な人との接点がある。むしろ接点しかない。そこにこそ彼は満足しているのだ。そう考えると主人公がトイレの清掃員であるのにも必然性があって、つまり基本的には他者に立ち入らないようにする場所ということだ。清掃中に人が入ってくると、外に出て立ち入らないようにする。互いに無関心であることが肯定される場所。そこに交流こそないが、すれ違うことはできる。

しかし、本作の主人公は個人主義の象徴として描かれているわけでもない。困っている人がいれば助けるし、むしろ他者には積極的に関心を持っている。単に、モノやヒトの消費ではなく、その存在そのものに豊かさを見出せる人というだけなのだ。そしてそれはやがて記憶という朧げな影となっていく。跡地になにが建っていたか分からない、親は色んなことを忘れてゆく、なんで今のままでいられないんだろう。人に残るのはつまるところ、世界の影だけなのかもしれない。しかしその影は自分のなかで重なっていくはずだ。ここに、モノもヒトも全てが「文化」として等価に総括されていく構図がある。

それは確かに、今の日本に蔓延する無関心や貧しさに対する抵抗になっている。しかしここで注意しないといけないのは、主人公はこの生き方を進んで選んだ人であり、そうするだけの心の余裕がある恵まれた人だということだ。文化を享受する素地があるし、いざとなれば頼れる家族がいる。つまり理想化された人物像・生活像ではあるということ。従って、本作を観て「無関心で貧しい日本でよいのだ」と現状追認されてしまうのは本意でないのだとは思う。むしろそこに対する抵抗を描いているのだが、しかし実際にその無関心や貧しさの煽りを受けている人が彼のように生きられるだろうか。

もちろん、これはあえて理想化された生き方を描く作品なので、アクチュアルな社会構造の話題からは切り離している。しかし逆にいえば、いま心の余裕をもって「なんでもない日常の細やかな幸せ」を見つめるには、これほど理想化された人物を置かないといけないのか。そんなことも思った。個人的には、本作が提示する「平山の暮らし」は確かに美しいものの、やや嘘臭いなとも感じた。清掃前から綺麗なトイレはその象徴だろう。そもそもビジュアル的に面白いトイレしか出てこない。あるいは、「空を見上げて微笑む」みたいな演出を機械的に繰り返しすぎだし、本を買うと必ずその本にまつわる一言を投げかけてくれる店主なんかも「キャラ」すぎると思う。もちろん、ラストで主人公の顔に彼の生の悲喜交々を見出させ、それでも肯定しようとするあたりに、彼を都合の良いアイコンにしまいという意志は感じるのだが、前述のような「良くいえば美しい、悪くいえば嘘臭い」生活を見せられ続けると、あのラストの長回しすらアイコンに見えてしまう面はある。

とはいえ、今の日本の一側面を記録し、そこに対抗する何かを映し出してくれている作品ではあると思う。初めはこういうテイストで2時間もつのかと懐疑的だったが、観終わってみると2時間にすら感じなかったのだから大したもの。大切なことを描いているので、安易な癒しとして消費されるには惜しい。
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