武倉悠樹

PERFECT DAYSの武倉悠樹のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.0
 ”日日是好日”を単純に謳う作品ではなく、それは色んなことから降りれることが出来たと思っているだけの嵐の前の静けさなのでは?って作品。

 思っていたのと違うなぁというのが、観終えての第一印象。

 そもそも、観る前の予断では、東京で非正規のトイレ清掃で生計を立てている独身中年男性という一見ロウアークラスに見える男が、その実、汚れ仕事と思われている様な仕事にやりがいを見出し、寝る前の少しの読書を楽しみ、木々や風景などのスナップショットを撮ることで、代り映えのしないルーティンの日々に彩りを見出していることの精神的な豊かさを前面に謳った作品なのかと思っていた。"このろくでもない、すばらしき世界。"という、どこぞの缶コーヒーのCMを長尺にしたような作品、というと少し皮肉っぽくなるが、まぁそういう感じかと。
 実際、広い家に住むでも、贅沢を謳歌するでもなく、社会的ステータスや立身出世などは望むべくもない男がしかし、足るを知ることで"完璧な日々"を過ごしているのだと訴えたいようなタイトル『PERFECT DAYS』を掲げているわけだし、公開前の予告編やメディアでの露出もそういう味を強調していたように思う。そしてそれに対して、そもそも社会格差が開いていき、氷河期世代の貧困が叫ばれる現代日本の社会的背景を考えた時に「物質的豊かさが無くても気の持ちようでいくらでも心を豊かに出来るのだ」と言わんばかりの映画ってどうなんだろう?という懸念が自分の中にあった。数年前に話題になり、誤まった読解が膾炙してしてしまった(というか書名のインパクトが先行し実際には読まれていないのだろう)古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』の、誤った読解の方を地で行くようなことがあっていいんだろうか、というか。
 で、その予断の様な映画ではないなと感じたわけである。

 そもそも、慎ましい暮らしをしている男性が長い時間を積み上げてきた中で、職場に向かうまでの朝焼けの東京とカセットテープの音楽に日々の張りを感じるような感性を磨き上げたという状況ではないように感じた。これは作中で明確に描かれてるわけではないのだが、平山は裕福な家庭の出で、ある年齢まではそれなりに社会的地位の高い立場におり、金銭的にも不自由のしない生活を送っていたのではないだろうかと思う。そして、その生活から降り、豪奢な価値観を捨て、しがらみや責任などから距離を置き、悠々自適に暮らしているのではないか。彼をインテリであると呼んだ周囲の人物や、音楽や読書の趣味、物語の中盤に出てくる彼の妹の出で立ちや、彼女と交わされる会話の端々にその影が見える。
 そして、ある意味で早い余生を決め込んでいた彼の平穏で変わらない日常が、少しずつ壊れていく予兆が見え隠れしたところで、この作品は幕を閉じる。
 
 この作品への感想や評価は、前述の平山という男に対する、自分の見立てが正しかったとして、それをどう受け止めるかなぁというのが肝だと思うのだが、それが難しい。元々、作品の売り出され方とそれへの自らの予断のせいもあって、社会問題が通底に流れている作品なんだろうなという構えで観てしまったのもあり、裕福な生まれで、社会的成功も収めつつ、そこから降り隠居生活を送るという、どこぞのシッダールタかよって振る舞いをどう捉えたもんかと悩む。

 変わりばえのしない日々は、平山にかかれば、慈しむべき時間であり、乞い願って手に入れたものなのだが、同時にそれは容易には続かないことが何度か示唆される。肉親との確執も、姪から求められた海への遠出も、適度な距離感を保っていたはずの人間関係も、平山に決断と行動を迫ってくる。自閉した日々は続かない。完璧に見えた日々は、それらを棚に上げて逃避した先にだけ辛うじて保たれていたモラトリアムに過ぎなかったのだろうか。
武倉悠樹

武倉悠樹