KeithKH

PERFECT DAYSのKeithKHのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
3.5
ヴィム・ヴェンダース監督は、やはりロードムービーで、その切れ味が研ぎ澄まされるように思います。
カンヌ国際映画祭で高評価を得て評判になった本作は、いわば東京の公衆トイレを巡るロードムービーと言えるでしょう。役所広司扮する公衆トイレ清掃員の主人公・平山、独り暮らしの彼の日常を、奇を衒わず淡々と粛々と映し出していく、まるでドキュメンタリーフィルムのような作品です。
平山が元々無口な設定であり、元来人とのコミュニケーションが無用の仕事でもあって、作品を通して台詞が殆どありません。巻頭20分程は皆無であり、平山はその後また30分は全く言葉を発しません。
台詞がなくてはドラマが成り立ちませんが、抑々本作には筋書のあるドラマがありません。従い起承転結がなく、平山が毎日毎朝仕事に出掛け、トイレを掃除して回り、休日を迎え洗濯と細やかな息抜きをする、カメラは同じことが繰り返されるその日常を、寄せアップでもなく引きロングでもなく、手持ちでもなく、オーソドックスなアングルで、ただただ忠実に客観的に捉えていくのみです。
早朝近所の老婦人が神社を掃除する音で目覚め、顔を洗い身支度し、家の前の自販機でいつも同じ缶コーヒー(BOSSカフェオレ)を買って車に乗り、その日のカセットテープを選んで仕事場に向かう。仕事を終えると、銭湯の一番風呂に入った後、浅草の地下街の居酒屋の決まった席で晩酌し、帰宅後は、文庫本を読んで寝床に入る。
言葉を発することもなく、決まり切った機械仕掛けのようなルーティンの毎日の生活実況を冒頭からラストまで、ひたすらスクリーンに映し出していきます。
繰り返し繰り返し平山の日常を観ていくにつれ、社会が成立ち無事安寧に機能しているのは、世の中の何千万人に及ぶ、黙々と己のミッションに従事する”平山“たちの、地道で聖なる営為に依るものだと思えます。人間の崇高さを実感します。

ともかく言葉が少ないゆえに、役所広司の“目”が雄弁にその時々の感情を伝えていました。右目には疲労感、倦怠感が澱み、左目には活気、未来志向の気迫が漂っていて、そのバランスによる演技によって、劇中にわずかに起こる出来事への平山の思いの微妙なニュアンスが、私には感じられました。
嘗ての高倉健の“背中”の演技に匹敵するものです。

BGMもありませんが、移動中の車中で掛けられるカセットテープ音楽が、静謐で平板な本作に都度刺激を与えていました。1曲を除いて悉く60年代後半から70年代の洋楽であり、アンニュイな歌詞が単調なリズムでリフレインされ、この時代に思春期を過ごした者としては妙にノスタルジーをそそります。

ただドラマがなく、喜怒哀楽がなく、映像に抑揚もないゆえに極めて凡庸な映画なのですが、約2時間、殆ど退屈することはありませんでした。
自然描写はありませんが、16か所の公衆トイレは其々が個性的で、各利用者もユニークであり、いわば美しい自然に相当する風景を次々と見せられたせいでしょうか。
少なくとも、同様に抑揚がなく捉えどころのない『ドライブ・マイ・カー』のような、観賞中に不快感や嫌悪感を抱くことはありませんでした。
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