KeithKH

市子のKeithKHのレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
2.0
貧困、障害者を抱える家庭、ヤングケアラー、格差、ジェンダーギャップ。
重篤で深刻な社会問題を物語の根底におきつつ、ミステリー仕立てにまとめ上げた本作は、巷間非常に高く評価されています。
一種のドキュメンタリー風ドラマとして文化的祭典にエントリーするような、スペシャル版テレビ番組なら大いに高評価を与えますが、私は映画館で観賞する“映画”作品としては、基本的要件を全く満たしていないと思います。

殆どのシーンが人物の寄せアップ長回しの切り返しであり、必然的に焦れてくるほどにテンポが遅くなります。本来、寄せアップは人物の感情を、引きロングは状況の情報を観客に伝える狙いがあり、特に映画館の大画面では、この寄せと引きのバランスを上手く取らないとストーリーの流れが朦朧としてしまいます。
更に本作は、静止したカットだけでなくトラッキングやパンしたカットも悉く手持ちカメラで撮るので、映像が常に揺れ続け、観客は船酔いしそうに陥ります。
進行テンポが緩く、その上、時制が遠い過去-現在-近い過去-・・・と不規則に行き来するので、何を描こうとしているのかが混沌としていき、観客は迷い子状態に置かれます。
作品全体の約半分の時間が経過した頃に、漸くおぼろげに話の輪郭が見えてくる始末です。

本作は、元々舞台劇を映画化したものなので、登場人物が絞られており、而も主人公・市子のパートナーである長谷川の目線でストーリーを進めるという、シンプルな構成になっています。従い、カットを細かく割って編集すれば導入部だけで30分は短縮でき、観客に分かり易くなり、スクリーンへの感情移入が強まったと思います。
抑々意味のよく分からないカットがあまりにも多く散見されました。

私としては、映画の三要素である「スジ、ヌケ、ドウサ」の”ヌケ“(映像表現)が徹底的に不完全な作品だと思います。

ただ主役の川辺市子を演じる杉咲花を始めとする役者たちの演技、特に重要な過去である高校生時代の演技が、全くの違和感なくナチュラルで真に迫っていて、大いに称賛に値します。川辺市子の悲惨な境遇での、純真でいながら強かでミステリアスな不気味さと一方での優しさを持つキャラクターを、実に巧妙に演じたと思います。

さて、本作を観終えた時には、タイトルにある主人公・市子の謎めいて強烈な女性像のインパクトのみ印象に残りましたが、暫くして徐々に本作にある潜在的なテーマは、傲慢で自分勝手な男のエゴに振り回され翻弄される女の性の悲しさであり、その一種の怨念と恩讐が凝縮して行き着いた、一人の女の如才なさと狡猾さではないかと思い至りました。
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