りゅう

関心領域のりゅうのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
4.0

◯視点
アウシュビッツ収容所の中を描いた作品はある。ナチスを描いた作品もある。
しかし、その境界線を描いた作品は少ないのではないか。
本作は文字通りの境界線。アウシュビッツ収容所の隣で暮らす人々の話。


◯無関心
映画を観る前は、てっきりどのような施設なのかを知らないまま暮らす人の話かと思っていたが、明らかにユダヤ人を殺す施設だとは知ったまま彼らは暮らしている。
それでもユダヤ人から押収した毛皮を着る。
使用人に対しては「焼き殺す」と脅す。
主人公ルドルフ・ヘスの妻ルートヴィヒは、良い環境だからと、引っ越しを拒む。
ルートヴィヒの母が家を訪ねてきたが、異様な環境のため、夜に抜け出す。その意味がわからないルートヴィヒ。

◯風景としてのアウシュビッツ
このような環境なのかと驚く。
焼却炉は昼夜の別なく稼働し、低いドローンを響かせる。
夜は焼却炉からの炎が輝き、子どもは眠れなくなる。
始終、怒鳴り超え、悲鳴、銃声が響き渡る。

◯壁、中間(メディア)、「アス」
豊かな生活と地獄を分けるのは1枚の壁である。
ユダヤ人も主人公家族も数年前まで普段の暮らしをおくっていたのだ。
何かきっかけがあれば、壁の向こう側に行くことになる。いつ理不尽なことが起こってくるのかはわからない。
壁の向こうとこちらを分けるものは何なのであろうか。

いつ自分が“向こう側に”行くのか。
“向こう側”と“こちら側”の人間に違いはあるのか。このテーマはジョーダン・ピールの「アス」にも通じるところがある。

・メディア
本作のテーマとなる“壁”。
収容所と家の中間地点である。
中間は英語でmedium(ミディアム)。
それを複数形にするとmedia(メディア)となるり
長い壁、メディアによって関心領域が狭められ、あるべきものが見えない状態になっている。

◯子どもたちの変化
子どもたちが暴力性をおびる。
遺体からとった金歯を遊びに使う子供。
壁の向こうから聞こえるユダヤ人を怒鳴る声。それを聞き、笑いながら相槌をうつ。

兄弟の兄は温室に弟を閉じ込める。
ここはユダヤ人をガス室に閉じ込める様子を思わせる。

親は、壁の向こうで何が行われているか子どもに言うわけではない。
しかし、敏感で吸収力の強い子どもは暴力を敏感に感じ取り、変化していく。


◯ルドルフ・ヘスの吐き気
ラスト、ルドルフは唐突な吐き気に襲われる。
(健康診断のシーンがあるので、病気ではないことが示される)
そして場面はいきなり現代のアウシュビッツの博物館へ。
自分たちの行動がどのような悲劇となって歴史に悪名を残すのかが表される。
インドネシアの大量虐殺を行った人物をおったドキュメンタリー「アクト・オブ・キリング」を思い起こさせた。その殺戮犯は、自分の罪と向かいあったとき延々と吐き気に襲われていた。

◯エンドロール音楽
ここが一番聴覚に嫌な刺激を与えてくる。
悲鳴が使われていて不愉快な音楽。

◯モノクロ
親が子供に絵本の「ヘンゼルとグレーテル」を読むシーン。
突如、モノクロになり、子供が“何か”をしている映像に変わる。
これは他の解説を読んで知ったが、ユダヤ人のためにリンゴを地面に置いていった人がいたらしい。
モノクロのため、何が寓話的なイメージ映像なのかと思っていた。

「ヘンゼルとグレーテル」のかまどに閉じ込められる魔女はユダヤ人のガス室、焼却炉を思わせる。

後半、ユダヤ人がリンゴを巡って争い、それの罰として処刑される。
善行だと思ったことも、異様な環境の中では悲劇を生むことになるのである。

実際、ユダヤ人の置かれた飢餓状況は凄まじかったらしい。馬とともに歩かされていたユダヤ人は、馬が馬糞をする瞬間、肛門を顔をツッコミ、糞を貪っていたのだとか。

◯浄化
川に流されたユダヤ人の灰。
親はその川で遊んでいた子供を洗う。

ユダヤ人に性的虐待を行うルドルフ・ヘスは、
行為のあとに性器を洗う。

現在のアウシュビッツの博物館では清掃員が床を洗う。

民族“浄化”(エスニック クレンジング)をしたことを忘れ去りたいかのように“洗う”。

◯「オッペンハイマー」
「オッペンハイマー」に対し、ヒロシマ、ナガサキの被爆の様子を“はっきりと描写しない”という理由で叩く人がいる。
一方、本作は壁の向こうで行われていることを“一切描写しない”。
モノゴトを描写すれば、それに対して真摯に向き合っているという訳ではない。
想像力に訴えかけることで、より力強く伝わることもあるのだ。
描写がないという理由で「オッペンハイマー」を叩くのはナンセンスではないか。

◯宣伝
上映前「お隣さんはをはヒトラー?」の宣伝が流れた。
気になる映画であり、観たいと思ってはいたが、本作の前にコメディ色の強い(らしい)ナチス関連作の宣伝を流すのはどうなのか。
りゅう

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