月うさぎ

哀れなるものたちの月うさぎのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.5
とてつもなく面白いダークな寓話です。『本当は怖いグリム童話』みたいな。
面白いと言ってしまうのに後ろめたさは覚えるけれど。

監督も製作陣もエマ・ストーンも、みな勇気あるなー。エマはオスカー女優よ?そんな彼女にこの役をやらせる?受ける方も相当だけど。と、思ったら、エマはプロデュースもしている。なんと肝の座った女性だろう‼️
アカデミー賞候補になるのも当然な演技。体当たりの、どころじゃなかった。
これに勝てる女優はいないと思うけど。
もし他の人にやったらオスカー出し惜しみを疑うな。

体は大人頭脳と心は赤ちゃんという、名探偵コナンとは逆設定なベラ。
感情の爆発と欲望の強烈さは尋常じゃないけれど、真っ直ぐの強い瞳は人を裸にしてしまう魅力を秘めている。

ベラを通して私たちに突きつけているのは「社会的常識」や「道徳心」や「タブー」を破り捨てる事だ。それらの建前を全て破壊してもなお、人間性や心の善性は存在するだろうか?それともハリーの言うように、残虐な獣の姿が本性だろうか?

自分にも他者にも嘘のない心を遠慮なく曝け出すと言うのはこういうことかと、恐れつつも、ついつい笑ってしまう。それも爆笑に近い笑い。
本当に、本作はホラーでもあり相当ブラックなコメディでもある。
しかし感動的で哲学的ですらあるのだ。

ベラが死を理解し、哀れみの心を初めて知る時
その悲痛な無音の泣き叫びのシーンには
引き込まれ一瞬のうちに涙が出てきました。
実に素晴らしいシーンです。
背景も含めた映像美も圧巻でした。

のっけから不穏な音楽と映像で引き込まれ
有機的で装飾的な建築や派手派手しくも美しい衣装も、ただ綺麗なだけではない独自の世界観を思わせる。
魚眼レンズを通してみた歪んだ世界はベラの観ている狭い世界の表現だろうか?
モノクロから強調された色彩の世界への展開は印象的で、リスボンの町はポップでほぼ異世界のよう。

しかし「冒険」は綺麗事では終わらない。
絢爛豪華な金持ち世界のその隣には貧困と死があるという「現実」

時代は19世紀末だろう。
当時の英国といえば、富める上流階級と貧しい労働者階級の分断が著しい格差社会でもあったヴィクトリア朝である。
医学生マックスが労働者階級の出であることから身なりを他の学生から馬鹿にされるシーンはこの時代、当たり前だった「差別」を表したものだ。
そして何より「道徳」にやかましかった時代でもあった事は知っておいた方がいいかも知れない。

人間の欲望は、食欲、性欲、睡眠欲だという。
それを見せつけてくれる映画でもあったが、それ以上に、好奇心と発達への渇望を、人の自然な成長の姿としている点に共感を覚えた。

学びを経て獲得した自我は紛れもなく「彼女自身の人格」
心とは人との関わりのうちに、学んで獲得するものなのだ。
彼女はいわゆる善人ではないが、人間の善性への希望を信じさせてくれる存在であった。
こんな歪んだハッピーエンドは他に見たことがないと思いますが、どうですか?


(おまけ)
私、先日本作を「くまのパディントン」に喩えて予想してみたのですが、冒頭、ベラが冒険家の娘でペルーで亡くなった、みたいな設定にされていて、まじかーって😆笑った。
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