耶馬英彦

パリ・ブレスト 〜夢をかなえたスイーツ〜の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

3.5
 原題の「a la belle etoile」は直訳すると「美しい星の下で」となる。しかし前に「dormir=寝る」がつくと「野宿する」という意味になる。野外で寝ることを美しい星の下で寝ると表現するところに奥深さがある。洒落た原題だ。
 松尾芭蕉は「のみしらみ馬のばりする枕元」という句を詠んでいる。現在の状況の悲惨さを嘆いているような句だが、それでも寝られるだけましか、といった苦笑も感じられる。人生にはあれやこれやあるもんだという、芭蕉らしい達観した心境で人の世のおかしみを歌った句だと思う。
 有名なシャンソンに「パリの空の下=Sous le ciel de Paris」という歌がある。エディット・ピアフやイブ・モンタンが歌った。パリの人々を生き生きと歌った名曲で、聞いたことがある人は多いと思う。

 本作品にも、人生の悲喜交交を空の上から眺めているみたいな面白さがある。実話が元になっているので、そんなにドラマチックな展開はないが、決して品行方正な子供ではなかった少年時代から、母親に対して複雑な感情を抱く青年時代まで、主人公ヤジッドは、一貫して菓子作りの情熱だけは失っていないし、他に何も関心がない。
 パリは移民が多く、ヤジッドはアラブ系だからと差別されることはない。フランス語を話し、フランス文化を尊重する人を、パリは差別しないのだ。

 テレビ朝日で毎週土曜日の夕方に放送している「博士ちゃん」というバラエティ番組がある。様々なことに熱中する子どもたちを紹介しているのだが、幼い頃から夢中になるものがある子どもたちは、いずれも幸せそうだ。
 ヤジッドは、日本の子どもたちに比べて厳しい環境にいるが、それでも菓子作りに熱中できる情熱と時間があることは、幸せなことだと思う。菓子は誰かに食べてもらうために作るものだから、食べた人に幸せになってもらいたい。それがパティシエの幸せだ。
 ほのぼのとした作品だが、心に残る味があった。
耶馬英彦

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