JP

悪は存在しないのJPのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
▼「何も起きない」前半のフリが、見事に効く後半!

前半、びっくりするくらいマジで何も起きない!笑
ひたすら木と空が上から下に縦スクロールする地獄。「PERFECT DAYS」で平山が見る木の夢みたいなのが延々と何の説明も無しに続く。鬼畜。
やっと終わったと思ったら黙々と薪割りするひとりのオッサンと、タバコ、柄杓で水汲みするオッサン、もう一人オッサン来てやっと会話劇が…!と期待したのも束の間、また黙って汲んだ水のタンクを延々と運ぶふたり。

…む、無口なオッサンがひとり増えただけ…!!?
というかちょっと待てよ、この映画濱口作品のくせに106分しか無いのに、ここにこんなに尺使っちゃって大丈夫なの…?!これ…話、進む…??

だがしかし、このオッサンの平穏な営みを淡々と観察させられる前半が、後半でものの見事に効いてくる。東京から来た高橋と黛が、それぞれ薪割りと水汲みを体験し、学ぶ後半戦。
巧が薪割りをしているのを何となく見つめて立ち尽くすしかない高橋が、「ちょっとやってみても良いですか」と歩み寄る。ただ何となく見つめていただけの高橋は、序盤で沈黙に耐えて薪割りを眺めていた我々観客と同じだ。
前半戦で観客に、巧の日々の労働をじっくりと体感させる必要があったということに、この後半戦で気付かされる。


▼(ネタバレあり)賛否両論のラスト

このラストを「動機がわからん」「ありえん」と突っぱねるのは簡単だが、それだと劇中でも批判的に描かれていた、「グランピング場に行き場を奪われた鹿の、その後を想像できない高橋」と同じではなかろうか。

あくまで僕個人の持論だが、ラストで高橋が花を助けようと駆け寄っていたら、鹿は花を殺していたかもしれない。巧はあの一瞬で花の命と高橋の命を天秤にかけたのだ。
ではなぜ高橋の「命」を奪いかねない過度な行動に出たのか。「学ばせてください」と懇願し、真摯な姿勢を見せ始めた高橋を切り捨てる巧の行動は、理解がかなり困難。
巧の中に渦巻く動機は色々あれど、一番わかりやすいのはきっと、巧の車内で高橋が「鹿の通り道にグランピング施設を作ったとして、鹿はどこか別の場所に行くんじゃないですか?」と見解を述べた場面。想像力が欠如したこの発言に、巧は密閉された車内で、二人に何の断りもなく、煙草に火をつける。巧が都会人とは異なるマナーに則って生きているとはいえ、この時の表情や煙草をふかす仕草は、明らかに高橋への憤りや諦めだった。
これが殺意へと豹変した理由は明確ではないが、この場面が巧と高橋の断絶を分かりやすく提示した、最後の場面だったように思える。
JP

JP