宇尾地米人

ぼくは君たちを憎まないことにしたの宇尾地米人のレビュー・感想・評価

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 2015年バタクラン劇場無差別テロ事件で最愛の妻を喪った夫は哀しみに沈みながらも、テロリストへ手紙を綴り「憎悪には屈しない。君たちに憎しみを贈らない」と宣言する。それは遺された1歳5か月の息子と一生懸命に生きていきたいから。日本のみならず、世界中で憎しみや敵視や悪意が溢れています。インターネットやSNSで人々の不満感が文字化され流れ出ていき、世界各地のテロ、武力紛争、戦争行為を容易く目にするようになりました。朗報より悲報のほうがはるかに多く、拡散される世の中。そうしたいま、フランス人ジャーナリストであるアントワーヌ・レリスはテロリストへのメッセージをフェイスブックへ投稿し、『ぼくは君たちを憎まないことにした』という本を出し、映画化されました。

 映画はフランス人であるアントワーヌ・レリスの実話・原作・メッセージが基になっていますが、監督とプロデューサーはドイツ人です。外国人であるキリアン・リートホーフ監督が原作に強く共感し、映画化を熱望したこと、それをプロデューサーのヤニーネ・ヤツコフスキ(『ありがとう、トニ・エルドマン』『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』『スペンサー ダイアナの決意』など製作)とともに伝えたことが実現へ結びついたようです。さらに撮影監督を務めたのは『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』にあたっているベルギー人のマニュエル・ダコッセ。『陽だまりハウスでマラソンを』を手掛けた脚本家チームという、話題作を連作する一流スタッフたちが揃っています。

 背後には悲惨な大事件がある出来事ですが、監督はスリルやサスペンスのリアルを描くことは避け、父と息子、彼らを取り巻く人々のヒューマンなやり取りをじっくり捉えながら、アントワーヌのメッセージである「私と息子は2人きりだが、世界中の軍隊より強い」という希望を伝えていく撮影姿勢に専念しました。世の中に憎しみが溢れていても、憎しみに大きな傷をつけられたとしても、人間の愛は憎しみより強いと伝えたかったわけですね。ということで、この映画はドイツ・フランス・ベルギーから世界中へ向けられた愛のメッセージ。これを身に沁みこませるほど、ラストシーンに涙せずにはいられません。
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