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ぼくは君たちを憎まないことにしたのhasisiのレビュー・感想・評価

3.7
2015年のフランス、パリ。
レリス家は、夫婦と幼い息子の3人暮らし。
夫のアントワーヌは、テレビやラジオの文化面を担当するジャーナリスト。現在は自宅で小説を執筆中だが、苦戦している。

11月13日の夜。
友人と音楽ライブに出かける妻のエレーヌを、息子と共に見送ったのだが。
その夜は、IS(イスラム国)によるパリ同時多発テロの決行日。
死者130名。負傷者300名を生んだ大事件が発生したのだが、エレーヌが訪れていたバタクラン劇場もターゲットに選ばれていた。

監督・脚本はキリアン・リートホーフ。
2022年に公開された伝記ドラマ映画です。

【主な登場人物】🗼👨🏼‍🍼
[アニー]妻の妹。
[アレックス]義弟。
[アントワーヌ]主人公。
[エレーヌ]妻。
[ブルーノ]妻の友人。
[メルヴィル]幼い息子。

【概要から感想へ】🧸🍼
リートホーフ監督は、1971年生まれ。ドイツ出身の男性。
1996年にハンブルグ英学校卒業。
2001年に長編デビュー。脚本にも参加する場合が多く、7本目ぐらいです。
どれも実話ベースのドラマ。ショッキングな内容を中心に扱っている。

脚本には原作者含めて5人参加しているので割愛します。

原作は、アントワーヌ・レリス本人によって書かれている同名のノンフィクション本。
レリスは1981年生まれの男性。フランス出身の文化ジャーナリスト。
美形なので、俳優と並ぶとどちらが主役か分からない。

ドイツの制作者に映画化を任せたのは距離が離れているので、客観的に描けるから。

👶🏼〈序盤〉📱👩🏻
若夫婦の子育て。
前振りで、幸せな光景を描いてあるのだが、ずっと不穏。
仕事のストレス、浮かれた運転、幼児から一時目を離すなど、視聴者の気が休まらないように演出してある。
意図的なのか、育児疲れを疑似体験するのに一役買っている。

テロの被害者。
穏やかな日常からの一変。事件に巻き込まれる。
当時の体験を再現しつつ、ドラマチックに仕上げてある。
引き裂かれそうな夫の心情に付き合わされるので辛い。
セラピー効果よりは、映画にして世界中に広めたい。怒りの感情が強い印象を受けた。

実際に経験した人の喪失感。
イベントの畳みかけがえげつない。
幼児の純粋な眼差しに心がえぐられる。

👶🏼〈中盤〉🍲🚽
テロリストへの本音と建て前。
冷静な言葉や表の顔と、実際の心情の解離が凄まじい。
感情を押し殺して強がっている。

胸の内に閉じ込めた怒りが体を蝕んでゆく。
現実でも、正義を振りかざして言いたい放題の人は攻撃してすっきり。
言い返して戦争している人達はまだいい方。
水面下には罪悪感で、我慢している人達がいる。

👶🏼〈終盤〉🪦💐
てっきり、孤独なシングルファザーが育児ノイローゼから立ち直ってゆく物語かと思っていたら、その辺は友人たちが助けてくれる。

有名になった人がキャパオーバーする、最近よく見かけるSNS映画と同じ経路を辿る。
人が求めるものは“現実での問題の解決”なので、実話とフィクションには境目がない。

【映画を振り返って】🏖️⚽
テロが起こった国の反応や、残された被害者の生活を疑似体験。
臨場感が高い。
とくにアントワーヌの目に飛び込んでくるもの。
あるいは、周囲の腫れ物に触るような視線など。
他人と関わる辛さを映像で表現してある。

攻撃を我慢する人の苦悩。
行き場のない怒りと憎しみで身が焦がされるよう。
内側にため込んで、ストレスで病気になる人の心情を知るにはよい。

徐々に回復してゆく過程がリアルに描かれているので、一般的な映画のエスカレートとは逆の道を辿る。
起伏には乏しいが、苦難は多い。
幼児の愛らしい演技と笑顔が救いだ。

アイデアが豊富。
映画撮影前に用意された膨大なメモを想像させる。
ここまでギュウギュウにするか、と詰め込んである。
憎しみの箱。
ただし、台詞が多いわけではなく、映画監督らしく、映像表現が中心。

❎SNSは救い。
攻撃性や、炎上などネガティブな側面ばかりが注目されるが、
行き場のない人たちの表現の場としての役割を果たしている。

ふだん、仕事の宣伝のために仕方なく使っている人たちの愚痴ばかり聞かされているので、本作には救われるような思いだった。
そもそも動画サイトで意見を発信しながらSNSを叩く人は、
相手が将来の自分である可能性に蓋をしている。

頭のおかしな人達は捨て身で声が大きいから目立つけど、大人しい人たちも活用している。
苦しみを与えるのも、救済の手を差し伸べるのもSNSであり、
デジタルネイチャーとして我々の生活に溶け込んでいる。

「ぼくは君たちを憎まないことにした」🖊️
当時、レリスがFacebookで発表した声明が23万回共有。
彼を有名にする切っ掛けだったとか。
一見すると、聖人の綺麗ごとに聞こえるが。
復讐の連鎖に入ると、テロリストの思うつぼなので、それを受け入れない。
絶対にテロに屈しない、の宣戦布告の意味がある。

幼い息子を劇中だと3才の子が演じているが、実際は1才の出来事。
憎しみの業火に焼かれながらも、新米パパは歯を食いしばって育児していたのだろう。

時には呼吸困難に襲われることも。
当時の状況や気持ちを書き綴っている時は、不思議と精神は安定していたのだとか。
書いて気持ちを吐き出し、思考を整理する。その過程が回復へと繋がる。
ペンは剣よりも強し。
相手を駆逐するだけが戦いではない。報復の道に進まないやせ我慢もまた、文化人の生き様なのだ。
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