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アイアンクローのSPNminacoのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
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ケヴィンが持ち上げるバーベルが、呪いと抑圧と責任の重さを物語る。のし掛かる重みを支え耐え続けるのが「次男なのに長男症候群」のケヴィンだ(一方、弟ケリーはダンベルを置く)。彼だけずっとシューズを履かないベアフット。家族の誰より愚直にプロレス道を行きながら、浮き上がる異質さ。悉く報われず一人取り残されてしまうケヴィンは、選ばれない者として選ばれし者だった。バーベルを持ち上げた太い腕は、やがてチャンピオンベルトでなく弟の身体を抱え上げることになる。
親から継いだ必殺技アイアンクローとは、家族を締め付けて人生に重く深く食い込み蝕む呪縛だ。かつて家族を養うため多くを犠牲にしただろう家長は、自分の果たせなかった(曰く横取りされた)ベルトに執着し、男らしさ、強さ、競争、成功以外から目を逸らす。銃と十字架とトロフィーはアメリカの呪い。それを信じることから悲劇が始まる。
最初からケヴィンだけが知る喪失感と、同時にいつまでも残る不在の温もりは亡霊映画に近い。一人実家の闇に包まる姿。リングと観客の間にある闇と、庭にぽっかり広がる空洞。ゾワゾワする間はあっても容赦なくタメを作らない編集。重低音のドラムロールみたいな音楽。対戦カードが出るとこもやけに不穏。
でも、あまりに痛ましすぎる悲劇のその先に、まさかあんな大きなカタルシスがあるとは…むしろ、そこへ辿り着くまでの受難劇だった。親の権力が届かない彼岸で解放される兄弟、弱みを見せていいのだと解放されるケヴィン。母も役割から自分を解放する。冒頭モノクロの冷酷な神視点に対する、天からの安らかな視点。
確かに史実の時系列変更や割愛はあるけれど、当時を知るファンをある意味裏切って、ある意味ちゃんとプロレスの奥深さを掬い上げたバランスだったような。リック・フレアーのくだりも印象的だ。フレアー名人芸があの怒りのアイアンクローを引き出したと悟って、ガッチガチのセメントしかできない(そう生きざるを得ない)ケヴィンが、ギミックを極めた本物のネイチには敵わねえと脱力する…初めて負けを認めることで楽になったように見えた。しかもそれがキャンプなフレアーだってのが、男らしさに縛り付けられてたケビンと対照になってる。つまり一種の解毒作用として、あの流れでこの場面がくるのもよくわかる。抑えつけられてきた感情の発露はまず怒り、その後やっと哀しみへと続くのだ。

ザック・エフロンのイノセントな白ブリーフ、パンパンに張り詰めた身体の重量感がずっしり効いている。受けてこそプロレスだし、切実に痛みの伝わる「受け」をしてみせるザックに今年のプロレス大賞を。ケリー演じるジェレミー・アレン・ホワイトの登場シーンには、来たあ!って旬の人らしいスペシャル感があったな。キャストはみな素晴らしい。不意打ちで参戦を発表されたマイクがギョッとした顔で狼狽えてすぐそれを隠すところは、一番きつかったしゾッとした…。
『マーサ、あるいはマーシー・メイ』もカルトから解放されようとして逃れられないエリザベス・オルセンの生々しい重さがよかったし、『アイアンクロー』とすごく近い感触なのでまた観直したくなった。ショーン・ダーキンはどれも家と空洞が不穏すぎて怖い。
ところで全然違うけど、数しか合ってないけど、なんだかマルクス兄弟を連想してしまった。早くに亡くなった長男含め6人兄弟…
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