takato

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章のtakatoのネタバレレビュー・内容・結末

4.1

このレビューはネタバレを含みます

前章と続けて見たのですが、正直前章でワクワクしてた時が一番面白かった…。もっと上手く畳んでいただくか、逆にケンイシカワ方式で風呂敷を更に広げてエンド!の方がまだ良かったかなぁ。


 前章の段階でかなり風呂敷を広げたので、こっからはシリアスにスケールも広がってドンドン詰めていくのかなぁ〜と思ったら、相変わらず日常多めな感じ…。セカイと日常を並行して描くのが方針だったのかもだが、これだけ風呂敷を広げちゃってると、やはり畳む時に負担がくる。


 んで、ラストは?な感じでした。あとで、ネットで調べて原作のラストを知ってしまいましたが、こちらの方が私の好きなパターンのオチだったのでまだ良かったかな(少々強引だとは思いましたが)。もっと派手なスケールになって最終兵器彼女エンドにするか、もっとどっこい生き続けるエンドとして希望をもてる感じかハッキリどちからに振って欲しかった。


 そして全体を通して感じたのは、自分自身にも跳ね返ってくるのですが、今の日本に生きる日本人のもどかしさと行き場のない想いという問題でした。それが大きな解決やエモーショナルに回収されているようには思えなかったのは残念でしたが。


 本作には、とにかく311からコロナに関する時事の要素が無数に出てくる。さらに陰謀論や意識高い系批判などなど、色んな「あ〜知ってる知ってる」な要素が今を生きてる日本人には頻出する。ただ、そっから先はどうすんのか?となると曖昧…。結局散りばめただけに終わってしまったというか、最終的にお前も家のパソコンの前で色んな事象を監視して文句つけて回ってるけど、実際はクソニートな駄目人間やないか!で終わってしまうというか…(勿論いにおはそういう視点をわかっヒロシをああいう風に造形したんだろうが)。


 ここが日本のクリエイターが、社会や政治の問題に関わった作品を描こうとする時の難しいところでもあり、私達自身にもいえることだと思うのです。確かな足場がない、ハッキリとした手応えがない空虚さ。作中でも語られたように思考停止か諦めか開き直りか…。


 どう手をつけていいかわからん、かといって安易に行動すればいいとは思えない。世界にコミットしなきゃとは思いつつも、どうしていいのかわからず、安易な答えにも飛びつくのも嫌。このジレンマが解けないからこそ日本の作品から政治や社会性は消えてしまっていったように思います。


 だからこそ、周りの大切な人を大事にしようとか、人として真っ当にあろうって解答に落ち着くこと自体は悪くないと思います。しかし、それもテーマに結びつくドラマが強力に作用してないと、単なる美辞麗句や、対局的に見ればお前もただのノンポリやないか!ってことになりかねない。『モブサイコ』や『この世界の片隅に』はそれが上手くいっていた。


 そこが本作はそこまで上手くいってるようには思えなかった…。やはり社会的政治的な要素は背景に流れる重低音、逃れ得ない流れみたいにサラッと描いて、非日常が日常になったおんたん達と、日常が非日常になった宇宙人の視点で描いて、どうもならん最終地点で『裁定者』が現れて人類も宇宙人も両者ともにカタストロフをもたらしてほぼ破滅…。でも、どっこい生き延びてる少数の人達が手を取り合って未来を作っていくかな?くらいのラストの方が良かったかなぁ〜。


 あと、大葉君は渚カオル状態で凄く良いキャラだが、良過ぎるのはどうなの?とか、マコトも良いキャラだがなんの為に出たのかイマイチわからんとか色々ありました。


 とりあえず、原作漫画をちゃんと読んでからまた『セカイ系』とその超克について考え直したいと思います。なんか疲れました…。
takato

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