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カレー&青酸カリ:ジョリー・ジョセフ事件のblacknessfallのレビュー・感想・評価

3.6
このタイトルだと90'sエンド・オブ・ビキニング・ジェネレーションことロスジェネなんで、反射的に和歌山毒入りカレー事件の林真須美が浮かぶわけよ。
それなのかと思ったらインドの話だった。
資産家に嫁いだジョリー・ジョゼスて女性が2002年から2016年の間に家族をメインに六人を毒殺した事件のドキュメンタリー。

毒殺と言えば女性のイメージが強い。それはおれがサブカルバスタードなんで澁澤龍彦さんの『毒薬の手帖』の影響。この本には女性の毒殺魔が数人紹介されている。中には本作の主人公ジョリーのように資産家の夫人もいる。ブランヴィリエ侯爵夫人は澁澤龍彦さんの本と関係なく有名だよね。
でも、ジョリーは『毒薬の手帖』に出てくる女性毒殺魔と違って毒殺その物に快感を覚える異常性がない。そして怨恨や嫉妬という感情任せの毒殺もしない。徹底して実利で毒殺してる。

何かと口うるさい義父、父母。遺産相続に介入してきた叔父、自身の強欲から邪魔になった夫、再婚を狙い浮気相手の妻とその次女を数年おきに毒殺。全てが自分の見栄と所有欲と生活の快適さのためだけに毒殺した。
所謂、サイコパスというのか、ドキュメンタリーを見る限り殺しの後に動揺したとか、いつもと様子が違った、みたいな証言がない。ただ、邪魔者いなくなる度に増長していった、と。
最後の浮気相手の次女なんて、浮気相手の奥さんの心を弱らせるためだけに毒殺してるんだよ。ここに途轍もない異常性を感じた。直接的に邪魔な存在じゃない者、しかも2才の幼女を殺して平然としているなんて!!殺人やシリアルキラーに興味持ちそれなりに色々知ってるがここまで実利的で冷徹な女性毒殺魔は見たことないよ。

事件が明るみになるのは3人目の犠牲者、ジョリーの夫の妹(ジョリーから見ると義妹)が事の経緯を洗い直し不信点を見つけ警察に調査を依頼した結果、連続毒殺事件として捜査が始まる。どの死に方も完全に不審死で日本の基準ならその場で検死解剖になるけど、司法の違いなのか、遺族が望まないと言っただけで検死解剖しないんだよ。これがジョリーの長年犯行を隠せた最大の理由で、正直、ジョリー頭脳明晰で手口が巧妙だったわけではない。日本だったら2人目ぐらいで逮捕されたと思う。
殺しの感覚も最初の方こそ6年空けて慎重だったけど最後は2年おきになってた。他のシリアルキラーと違うと言ったけどこれは同じ。シリアルキラーあるあるで自信がつくのか堪え性が無くなるのか知らないけど、ハイペースになるんだよな。婚活サギした男性達に睡眠薬飲ませ自殺に偽装して殺してた木嶋佳苗を思い出した。

ジョリーと木嶋佳苗はその犯行より動機の方が似ている。
木嶋佳苗がそうだったようにジョリーも富や名声、都会的セレブ生活に強烈な憧れと執着があった(2人とも田舎出身)。それを具現化させるための手段が殺人だったところがまるで同じ。
木嶋佳苗が経歴を詐称し名前を使い分け幾つものもブログを立ち上げ偽りのセレブ生活や嘘の恋愛体験を書きなぐっていたようにジョリーは学歴を詐称し幾つものも学位証明書を偽造し国立大学の客員教授していると家族や周辺住民達に嘘をついていた。理想のセレブ像に違いがあるのは文化やお国柄もあるだろうが(インドは性に抑圧的だからね)、人から羨まれる自己像、ライフスタイルへの妄執からシリアルキラーになったところに資本主義、消費主義にからめとられた人間の空虚さと憐れさを感じる。

それと、お国柄の違いで言うとインドは日本より男尊女卑が苛烈だと思った。義父、義母、夫を殺した後で家の名義を未亡人である自分名義にしようとジョリーは偽の遺言書を作成して、それを成そうするんだけど、名義をジョリーにすること自体が異常なことだと説明される。実際、それに反対して叔父が殺されるわけなんで、社会通念やモラルとして女性が家を持つことが許されてないと感じた。ここだけ、ちょっとだけジョリーが気の毒になった。だからと言って彼女が家父長制や男尊女卑の犠牲者だ、なんて言う気はない。けど、まったくそれが0とも言えないんじゃないかとも思う。
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