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ニューオーダーのblacknessfallのレビュー・感想・評価

ニューオーダー(2020年製作の映画)
3.8
超富裕層の子女マリアンの結婚披露パーティが開かれた。豪邸には名士や金持ちとその親類縁者達。華やかで和やかな雰囲気。外では貧富の格差への抗議デモが暴動に発展していた。豪邸にも暴徒と化したデモ参加者が乱入し華やかなパーティーが凄惨な暴力と略奪の宴に変わる。

観たいと思ってたやつだったがアマプラ無料落ちするまで待ってよかった。思ってたのと違ってたんでね。
この豪邸内で物語が終始して、ここを社会の縮図に見立て、金持ちの傲慢や選民意識、庶民の絶望や憎しみをいやーな感じで見せていくダークでバイオレンスな寓話だと思ってたんだけど、実際は秩序が崩壊した社会の恐ろしさをリアルに冷たく描く社会派パニック・サスペンスだった。

主人公のマリアンは暴徒が襲来する前に豪邸から出て難を逃れている。その時彼女は元使用人夫婦の元に向かっていた。パーティの途中で元使用人の旦那が妻エリサが緊急に手術が必要な事態になり受けないと死んでしまう、しかし手術費が出せないから助けてほしいと訪ねてきた。しかし、マリアンの兄と両親は彼を門前払いする。それを知ったマリアンは同情心から手術費を元使用人夫婦に渡そうとしたため。
この手術費が20万ペソ、日本円で50万ぐらい。大金持ちからしたら鼻紙みたいなもんなのに出してあげないんだよ。富裕層が使用人を道具と見てるのがよくわかる秀逸な演出だった。

この後、暴徒達が乱入して金持ちは金品を強奪させ身ぐるみ剥がされ運の悪い人は殺される。
この地獄絵図で戦慄したのは金持ちの身内側の使用人や家政婦が暴徒側について率先して強奪に走るとこ。「偉そうにしやがって」とか毒づきながら奪うんだよ。普段、見下してるのがしっかり伝わってるんだよな。『パラサイト 半地下の家族』のソン・ガンホを思い出した笑


【注意喚起!以下、オチと核心に触れる。鑑賞時の衝撃を重視する方には未読をオススメする。】







しかし、本作の本当の怖さはここではなくて豪邸の外で起こること。
広がる暴動に政府は機能不全に陥り厳戒令が敷かれ軍の支配が強まる。手術後エリサの様態が悪化し病院に薬をもらいに行くために外出禁止次官に病院に向った旦那は警備していた軍に理由を話して通行許可を求めるが射殺されてしまう。エリサも様態が悪化し死んでしまう。
そのエリサの手術代の肩代わりのため豪邸での惨劇から逃れたマリアンは軍人に保護された。しかしのその軍人は富裕層の国民を拉致監禁して親族を脅迫し身代金を奪い取る誘拐団に変質した部隊の兵士だった。この監禁の様子がエグい。拐った人間を脅迫拷問し心身ともにいたぶり、衰弱した姿を録画し親族に送りつけ身代金を要求する。この部隊、マジで力の行使に酔ってて理性を捨て去ってるから女性を強姦する。元隊員の五ノ井さんが告発した自衛隊のセクハラ事件を見れば分かるように平時でも性犯罪が起こりやすい体質だからな軍隊ってのは。治安の崩壊で起こる人間と組織の悪の暴走をリアルなタッチで見せられ背筋が寒くなった。
そして一番恐ろしかったのは、この恥ずべき犯罪を隠蔽するために軍は犯行に手を染めた軍人全てを処刑する。そして犯人をでっち上げ冤罪を着せた人とマリアンを含む誘拐された人達もなき者にすること。これも軍隊の体質を考えるとリアル過ぎるんだよ。描かれる恐怖が悉く地続き。
治安回復後、独裁的軍国国家に生まれ変わったことを匂わせて映画は終る。

貧富の格差とそれがもたらす人心の荒廃、金持ちの傲慢と冷酷、混乱を利用し圧制を敷く権力の恐ろしさ、現代的でもあり普遍的なテーマを俯瞰的視点でダイナミックな悪夢を描きながら上映時間86分に纏めた脚本と編集が見事。

期待してたのと違うが観てよかった。
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