月うさぎ

ストップ・メイキング・センス 4Kレストアの月うさぎのレビュー・感想・評価

4.8
間違いなく最高のコンサート・フィルム✨
…罪だ
お陰でレコードの音源が物足りなく感じてしまうじゃないか…

トーキング・ヘッズはニュー・ウェーブとかポストパンクとか言われるジャンルの代表的なバンドとされていたけれど、違う。
唯一無二のトーキング・ヘッズというジャンル
インテリジェンスとプリミティヴィズム、無機質なサウンドにアフリカン・リズム、破壊力と非暴力、クールでエキサイティング、無表情とアクション、哲学とナンセンス、エモーショナルでデリケート、ヒステリックで叙情的それら全てが両立する奇跡。
このボーダーレスなミキシングは、デヴィッド・バーンが「ニューヨークのイギリス人」であること、父母が異宗教結婚している事も関係しているかも。

このライブ映像を観て改めて、彼らのバンドの本質は歌や演奏の表現の特異性だけでなく、パフォーマンス全体を見せる舞台芸術だったのだと思い知った。
そしてデヴィッド・バーンはただの怪しい奴じゃなかった。飛び抜けて変な奴でした。🤭

デヴィッド・バーンのフィジカルにとにかく驚く。
このハードで非人間的な動きを声や表情に影響する事なく何十分もやり続ける体力がありそうにはとても見えなかったんだもの。
ベースのティナも重たいベースを演奏しながら走ってるし〜。日頃走り込みしてないと無理っしょ!
バンドはLIVEを観てみないと本当の姿はわからないものだと、再認識。

コンサートの構成も実に綿密に計算され計画されたものだという事がわかる。
舞台の芝居さながらに。
ステージの美術や照明などの演出だけの話ではない。
立ち位置、演者同士の絡み、マイクの受け渡し、上着を脱ぐタイミングも決められていて、全てがスムーズに進行する。
非常に視覚的で演劇的なのだ。
なのに思考は入り込む隙を与えられない。
目は耳は舞台の上に釘付けにされる。完璧な演奏🎶

だから映画はライブをそのまま録るだけでよかった??
それも嘘だ。
この映画はドキュメンタリーなんかじゃない。
本物だけれど、それ故にドキュメンタリーであるとは言わない。
映画もコンサート同様なレベルで作り込まれた「作品」であった。

ジョナサン・デミは、音楽ライヴ映画のいわゆるお約束を敢えて使っていない。
まず観客。待ち受ける期待感を撮らない、ライブ途中での熱狂の様子も映さない(声と拍手だけ)、観客の頭越しの映像やロングショットの長さは一見まるで観客が撮影した動画のようだ。
しかしこの意図的なショットによりライブのリアル感をむしろ完璧にしている。
私たちはこの時まさに客席にいるのだ。
もちろんそこに効果的なアップや、同じ舞台の上でしか撮れないはずの映像も上手くはめ込んでいて、とにかく絶妙。

「ボヘミアン・ラプソディ」の名ライブシーンの嘘臭さと対照的と思ってもらっていい。
生のライブではあの角度の撮影はあり得ませんし、そもそも舞台も観客も音も全部合成だからね。
結果的に視覚的に最大効果を上げているので「フィクションの映画」としてはあれでいいんですけれどね。

本作の撮影は1983年12月13日から16日の4日間にわたって行われたという。カメラは全部で6台、うち3回は生ライブ、1回はリハーサルを撮影したらしい。(納得)
音声は当時先端のデジタル録音。
デジタルだったから、この映像と音声がリマスターできたのだ。ありがたい事です。
IMAX、なぜ?と思ったけれど、IMAXに耐えるレベルの音声を実現するのが目的にもなっていたらしい。よくぞここまでやってくれました♪
歴史に残る映画です。
トーキング・ヘッズのファンでなくても、ライブ映画のお手本としても、必見だと思いますよ🎵
あー、ずっとIMAXでやってくれればいいのに!

甦った映像美は光と闇のコントラストの美しさも際立って強烈な印象を残す。デヴィッド・バーンってこんなにかっこよかったっけ?バンドのメンバーやアシストのミュージシャンも個々の魅力が捉えられていて、そこもきちんと映画的。非常に満足度の高い映画でした。できたらまた観たい♪

時代的に私が好きなRoad To Nowhereが演奏されない事だけがちょっと残念。
月うさぎ

月うさぎ