KnightsofOdessa

Hellhole(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Hellhole(原題)(2019年製作の映画)
4.0
[無邪気な神話を喪失したブリュッセルの新たな拠り所はなにか] 80点

傑作。Bas Devos長編二作目。2016年に起こったブリュッセル連続テロ事件の余波を描いた一作。最初からテロ事件を描く予定ではなかったのだが、ブリュッセルの描く作品を製作中にブリュッセルでテロ事件が起こったことで、描くことは避けられないと悟ったそうな。結果的に前作『Violet』の主人公が持っていた喪失感に似た感情を持った三人の人々を主人公とした物語が完成した。一人目はアルジェリア系の青年メフディ。彼は当日現場にいたようで、怪我はなかったものの変則的な頭痛に悩まされている。二人目はオランダ人医師ワネス。死期の近い老父を看護しながら、遠くの地で働く戦闘機パイロットの息子を思っている。三人目はイタリア人通訳アルバ。欧州会議の通訳をする彼女は、もう疲れ果てて仕事中に居眠りをしたことを責められる。それぞれがそれぞれの事情の中で眠れない夜を過ごし、疲れ果て、他の人に"寝た方がいい"と言われているのは実にバス・デヴォスの映画っぽい。ワネスの同僚サミラは"通勤してる自分が被害にあったかもしれない"としつつ、テレビの画面に映った映像としてテロを捉えていることにも言及し、全ての登場人物が持っている距離感を捉えられない漠然とした不安を代弁している。ブリュッセルではそんなこと起こらないだろうという無邪気な神話を喪失してしまった彼らは、或いはブリュッセルそのものは、一体何を拠り所にするのか。題名は『Hellhole』で、これはメフディの受けた討論の授業で登場した"ブリュッセルはHELLHOLEだ"という言葉から引用されているわけだが、タイトルが画面に映し出された際に"Hellh le"と真ん中の"o"が抜けてた。冒頭にこれが登場する不穏さは、上記の通りテロ関連の不安もあり、より普遍的な不安も同時に存在していることも示している。また、"o"の喪失に応えるように、作中では何かを軸にその周りを回転するショットが多い。ワネスの家の周りを一周する長回しなんか見事だし、柱を中心に回転するショットなんかもある。様々な角度から対象(人物もブリュッセルという街も含めて)を眺めるという意味も含まれているだろうし、やはり抜けた"o"をHELLHOLEそのものとして覗き込んでいるような気もする。ちなみに、DoPは短編時代から組んでるニコラス・カラカトサニス。今では『クルエラ』『アイ、トーニャ』などの作品でDoPを務めている。

これでようやく監督の作品は全て観たことになるが、その変遷は興味深い。初長編『Violet』以前に撮った4本の短編のうち、2006年に撮った『Taurus』『Pillar』では直接的に、それ以降に撮った『The Close』『We Know』でも間接的に誰かの"死"を中心に置いていて、それをどう受け止めるかという『Violet』に似たテーマを取り扱っていた。ただ、『We Know』では死期が近い祖父を見舞うために久々に再会した父子が主人公となっており、前三作とは別の角度から"死"がもたらす"新たな視点/世界"を描き出しており、かなり初期作に比べると平和で楽観的な視点が垣間見える。同じ用に考えると、長編四作品の変遷もペシミズムとオプティミズムの比重が段階的に変化していて、『Here』に近付くほどオプティミズムの割合が増えているように思える。『Hellhole』でアルバが求めた刹那の出会いが、『Ghost Tropic』で純化増幅され、『Here』で持続的なものとして結実する。素晴らしいフィルモグラフィだ。
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